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しち

 

 3日後。お礼にと貰った品の整理をしたり、例のやべえ絵の具の試し書きを市販品の食器で行ってみたり、気分転換に異世界散歩に出かけたりして過ごした3日間。

 構想が固まったので早速描き始めた午前5時。

 大仕事で集中したいのでヘッドフォンはしていない。

 龍様が邪魔するとは思えないが、思いがけない事故が起きたら困るからだ。


 モチーフは鳳凰。

 器に何も液体を入れていない時は赤いよくある鳳凰の絵。

 これだけでも飽きさせないように美しく、広げた羽や横顔のしなやかさには気を使った。

 ノンアルコールの飲み物に反応して、さらに豪華な装飾が浮き出る。随分と華やかに見える筈だ。

 最後、肝入りのアルコールに反応する青色とアクセントの紫。

 色が一変して、目を見張るような驚きを。

 何度も色を見比べたくなるような工夫ができたと自負している。


 この盃自体の出来がこの上ないほど素晴らしいから、よく手に馴染むだろう。何度使っても、飽きない使い勝手の良いものになったのではないかと思う。


 けたたましくなるアラームが鳴り続ける部屋で、不意にハッと意識が戻った。

 絵の中にトリップし続けていたらしい。


 小さな小さな器に入れる絵のために、いつの間にやら長い時間が過ぎていた。

 アラームはスヌーズ機能による数回目の叫び声だったようで、もうすでに夜中の1時を過ぎている。アラームくんは、1時間も頑張っていたらしい。おつかれさま。


「いやぁ、疲れるなぁ。これ」


 色を入れたので、あとは仕上げて、完成。必要な道具が無駄に揃っているあたり、金があまりある弊害だ。今回はそれで仕事が完遂できたのだが。


 どうよ、これ。真っ先にヘッドフォンを着けて、龍様に報告する。

 彼は、随分と集中していたなぁと感心したように言った。


「素晴らしいと思うぞ。あぁ、依頼主も喜ぶだろう」


「だよねー、いい出来。元が良いから、素晴らしくなるのはもちろんだけどさぁ」


 価値を落としてしまわなくて心底ホッとした。


 1番の懸念は、僕がこの作品の出来を落としてしまうことだった。上げることができれば最高だが、良さをキープさせることも重要だ。


「納品いつだっけ?」


「1週間後、既に4日目が過ぎた。残り3日だな」


「これ以上、下手に手を加えるのは悪手だから、さっさと納品しよう」


 精魂尽き果てた、身体は怠いし、朝から水分補給とゼリー飲料しか口にしていない。お腹空いた。

 体に悪いことを承知で、菓子パンを貪りながら、片付けをする。菓子パンで夕飯を済ましたと兄や姉にバレたら僕は実家のメイドさんに付き纏われる羽目になる筈だ。


 アトリエって、勝手に汚れていくから、片付けは意識的に行わないとダメだと思う。

 一度画材を放り出してしまえば、そのまま片付けずにそこに置きっぱなしにして使う未来しか見えない。

 実際、学校の美術室はかなりごちゃっとしている。少なくとも僕の生きてきた前世と今世ではそうだった。


 ざっと、散らかしたものを片付けた。

 周りを見渡し、作品の包装も確認した。

 満足して、ひとつ頷く。



 僕の自宅兼アトリエは、一軒家だ。

 実家の所有地で持て余した一軒家を譲ってもらった。

 実質、僕が払っているのは光熱費くらい。

 ものすごく助かるけど、なんとなく実家におんぶに抱っこされていて、罪悪感がある。


 1階部分はコンテナの中のようになっている。アトリエであり、画材関連のもの全て一階に置いてある。

 2階は生活スペース。風呂とトイレとベッドがある場所といった感覚。洋服ダンスやその他私物の物置にもなっている。


 少しごちゃりとはしているが、ひっくり返した玩具箱にはなっていないし、臭いのひどいゴミ屋敷にもなっていないので、何も言わないでくれ。


 風呂に入って、布団に潜り込む。


 しばらく起きたくない。

 既に夜中の3時だ。




 起きたのは昼の4時。まだお昼。4時はお昼。

 寝過ぎて頭が痛い。

 今日は出かける気分にもならない。

 のそのそと布団から這い出て、スポーツ用ドリンクで水分と塩分を補給。

 何か美味しいものが食べたいなぁと、ぼんやり考える。

 寝巻きから着替えもせずに冷蔵庫を漁る。冷凍食品、栄養ドリンク、ゼリー飲料、ジュースの類……。

 ラインナップでわかる僕の不健康な食生活。


 お礼の品の食べ物たちは、もう食べてしまったし、そもそもお菓子ばかりだったから食事向きではなかった。


「カップラーメン、いや、オムライス食べたい。作りたくない。でもコンビニにも行きたくない」


 結局、冷凍されていた残りごはんでお茶漬けして食べた。僕はご飯を炊くだけならできる。水入れて掻き回してスイッチ入れるだけだからね。


 お母さんのご飯が恋しい。


 前世の母は、料理上手で、あれやこれやと凝ったものを作ってくれた。お菓子を作るのも上手で、僕は母のプリンがお気に入りだった。

 まぁ、母がなんでも作ってくれるので、僕は料理をする機会がないまま育ち、料理嫌いになったわけだが。

 家庭科の授業は、家事スキルの高い幼馴染と偶然にもクラスや班が被り続け、お皿洗い係で過ごしてきた。


 今世は、おっきなお家柄ということもあり、厨房に料理人がついていたので、やる機会はなかった。

 苦手意識くんが「ズッ友だよ!」とばかりに共にいたので、姉のようにチャレンジ精神を持つこともなかった。今でも料理はできないし、やらない。


 食事を終わらせ、今日はダラダラして過ごそうと決めた僕。

 挨拶のためにヘッドフォンを装着して、龍様に声をかける。


「おはよう」


「……よく寝ていたようだな」


「今晩は夜9時に寝て、明日納品しにいく」


「そんなにすぐに眠れるのか?」


「若いからいける」


 絶好調なら最長13時間眠れる僕に死角はない。


「そうか……」


 彼の声は明らかに引いていた。

 神様って結構長く、下手すれば何十年も眠るもんだと思っていたのだが、案外そうでもないのかもしれない。


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