ごじゅうろく
「愛し子は、家族に苦手意識でも持っているのかい?」
電話終わりに、龍様が問うてきた。
僕は間髪いれずに返答する。
「持ってますよ。そりゃあもう。僕の家族はプライド高めだったり、ピリピリした独自の雰囲気を持っていたりしますから。一緒にいて疲れないのは姉と弟くらいなもので」
その姉と弟も、前世持ちの弊害で、心から大好きと言える家族だと思い込ませることにかなり時間がかかった。それでも彼女達は僕に対して対応が好意的だからしっかり思い込めた。
その逆で、どうしても関係が浅かったり、嫌な対応をされてしまうと家族とは思えなくなってしまう場合があるわけで。特に、一番苦手なのは2番目の兄。彼は僕のことが嫌いらしく、会うたびガンを飛ばしてくる。
「でも、嫌いじゃあないですよ」
「……そうかい」
龍様は藪をつついて蛇を出すことを恐れたのか、それ以上何も聞いてこなかった。
妖鏡にはしばらく行かないと言ったな、あれは嘘だ。
家族の件で少々気疲れをした僕は、癒しを求めに妖鏡へ向かった。
龍様がそれを楽しそうに眺めている。彼の姿は見えないが、意気揚々と観察している様の想像はいくらでもできた。
一人でのこのこ散歩をする。トタロウさんを呼び忘れたことに気が付いたのは、すでに街中で団子を食べている頃だった。
「すごい、可愛いフクロウだ」
「違う、鷹だよ。そのナリで子犬を頭蓋ごと食べるんだ」
「頭撫でさせてくれないかな。ふわふわしてる」
「愛し子、危機感って言葉を知っているかい?」
龍様と話しているのは、団子屋の軒下で地面に鎮座しているモフモフのことだ。茶色と白の小さくてふかふかとした生き物。目はアイアイのように大きく、爪はナマケモノのように鋭く長い。細くて長い、ネイルをしたら映えるタイプの爪だ。
僕にはフクロウに見えたのだが、龍様曰くこの子は鷹だそうだ。
「可愛いなぁ」
餌の一つでもあげたいところだったが、お生憎様、僕の手元は味噌団子しかない。
ずんだ団子の串刺しのように、味噌餡が乗っているお団子。五本セットを買って、今一本目を食べている。
柏餅(味噌餡)が売られる時期が来るのを今か今かと心待ちにしているのだが、一向にやってこない。一日千秋の思いで待っている。今度の味噌餡シーズンには妖鏡の味噌餡柏餅に挑む予定だ。
閑話休題。
鷹は僕の視線に気がついたのか、ソワソワとコチラに顔を向ける。まんまるの琥珀糖みたな目がこちらをじっと見つめている。
触りたい。触りたいけど、龍様の話だと噛まれたら腕持っていかれそう。流石に痛い思いはしたくない。
「お団子、美味しそうですね」
かなり高音の幼女みたいな声が聞こえた。
一体どこからだろうとあたりを見渡すが、それらしき、相手はいない。音の発生源が近くにあるのは確かなはずだが。
「羨ましいわぁ」
ふと、僕の手に元からあった視線に目を向けた。その視線はもふもふからだった。
声はこの生き物からだったらしい。
「あなたのお口だと、詰まりませんか?」
ちまっとまとまる、バスケットボールより一回り小さい相手。
相手は、テチテチと愛くるしいとしかいえない歩み方でこちらに寄ってくる。
「……あらやだ、詰まらないですよぉ。アチシのお口は、猫を丸呑みできるくらい大きく広がりますから」
口調を聞く限り女性のようだ。
龍様の話は本当だったらしい。
「丸呑みは身体に悪いですよ。味噌餡しかないんですけど、よかったらどうぞ」
これくらいイケるだろと、安易な気持ちで丸呑みをすると痛い目にあう。前世の死因を敵視する僕は、彼女に注意喚起をした。言ってから気がついたが、鳥には歯がない。丸呑みが基本の食べ方なのではないか。
「まあま、気がきくお嬢さんだこと、ありがとぉねぇ」
彼女は特に怒らない。別に間違えて覚えられても気にしないらしい。
団子ニ本分、串から外して皿に乗せて渡す。みたらしだったら垂れるからもう一皿いるのだが、味噌餡は落ちないように持てばいいだけだ。
僕の手元には残りの二本。仲良く半分。
彼女は嬉しそうに目を細めている。
地面に置いた皿に近寄って、彼女は口を開いた。嘴がくぱりと開いて、ぐわっと膨らむ。急にそこだけ肥大化したようだった。
そのまま、覆いかぶさるように団子二個を丸ごと包み、次の瞬間にはもふもふと咀嚼していた。歯がないと思っていた彼女の嘴の奥には、しっかり鋭い歯が備わっているのが視認できた。
「おぉ、すごい」
「怖がらないヒト、珍しいわ」
飲み込んでから喋る淑女さん。僕と一緒で何か礼儀作法の勉強をさせられていたのだろうか。いや、彼女だと元から備わっている気品の良さなのかもしれない。勉強をしていたとしても、僕みたいに嫌々やってるタイプではないとわかる。
「味噌餡、お好きなの?」
「大好きです」
即答した僕に、彼女がコロコロ笑った。鳥の笑顔は分かりづらいが、確かに笑っているのだとわかる声音だった。
彼女からは近所の優しげな姉さんの雰囲気を感じる。
「タカタニさん、なにサボってるんですか、もう」
談笑していると、見知らぬ男性が彼女に声をかけてきた。
細身で長身の、疲れた顔をした男性。彼は紫の服を着て、金のブレスレットをしていた。同じものが彼女の足にも嵌まってる。お揃いだろうか。
「あら、ミツハシ。サボってなんかないわ。プレゼントを頂いていただけよ」
彼女が飄々として答える。確かに、嘘はついていない。
「またそんなテキトーなことを……見回りに戻りますよ」
「しょうがないわねぇ……お嬢さん、お団子美味しかったわ。ありがとうね」
彼女はやれやれこれだからミツハシは、とぼやきながらパサリと飛び上がって男性の肩に乗った。彼は僕に軽くすみませんねぇ、と言いながら会釈する。
「いいえ、お仕事頑張って下さいね」
二人に向けて笑顔で返す。
何してるのか知りませんけど、なんて余計なことは口に出さないのが吉。