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ろく

 

「オレの作品に絵付けするってのは構わねぇが、こんなちんまいに任せるってんのは気に入らねぇ」


 だから別の絵付け師を雇え、と言葉が並んだ。

 盃を作った職人はびしりと僕を指をさして、苦々しい顔をした。


 魔法世界ならドワーフのおじさまかと思うほど、小さくて老齢な方だ。偏屈な爺さんというには、頑固には思えない。自分の作品、売り物に手を加えさせるのだ。誰だって、不安のある相手に任せたくはないだろう。


「1作品で世界を変えると呼ばれる先生に見合う絵付け師なぞ、そうはいませんよ。……この子は名も売れてないですがね、作品の出来はかなりのものなんです」


 この絵を見てくださいよ、画商が説得する。

 素朴な額に入れられた僕の絵。

 売ったその絵に愛着はない。褒められて嫌な気はなくとも、その言葉はどこまでが本音なのかと考えてしまう。


 もしかして、この老人の説得のために呼ばれたわけではないよね?


 この人は美術商以外にも手広くやっているらしく、ツテで手に入れたのだろう酒や、そのおちょぼを彩る絵の具の参考品を持ってきていた。

 これは我が店の絵の具で、陶器と相性がいいんです、とかまぁ酒でも一杯、とか。説得用品だろう。


 彼は絵を覗き込んで、考え込む。


「こりゃあ、逆さ傘通りのあたりか。よく描けてんじゃねぇか。……だがな、絵が上手くたって、絵付けが上手いとは限らねぇだろぉ?」


 その通りである。

 あの門付近は、祭りの際、逆さになった傘が飾られるそうなので逆さ傘通りというそう。これは龍様に聞いた。


「いや、でも……」


 食い下がる画商に、彼は口を大きく開けた。


「だいったい、ソイツ、さっきから、ひとっことも喋ってねぇじゃねえか」


 話すことがないし、何故ここにいるのだろうかと考え始めていた僕には耳が痛すぎる言葉だ。


「おい、テメェはどう思うんだ?!」


 ここにちゃぶ台があったなら、ひっくり返されていたのだろう勢い。自分自身の意見をしっかり主張する。僕には少し難しいことだ。

 なんと返答したら、正解になるのだろうか。その正解は、僕の意見となるのだろうか。つらつら考えながらも返答する。


「……あー、そうですね。現物を見ないと、なんとも言えないですかね」


 巨人用とかピクシー用とかの盃だった場合。それぞれの手の大きさ的に描けない、描きづらい可能性がある。この世界にそんな種族がいるのか僕はまだ把握しきれていない。思いがけないモノがきた時、依頼を受けますとは言えないかもしれない。

 目をまんまるくした2人の男。おそらく、自信満々に自分ならやれますと言われることを想定していたのだろう。仕事欲しさにそう言う者は少なくない。凄い大きな仕事なら尚更。


 2人の会話を聞くに、この老人はかなり有名な職人で、その人の作品だってだけでこの絵付けは大仕事だ。

 名無しの権兵衛がソレをできるなら、名前を欲してやりたがるだろう。


「モチーフはどうするとか、どういう作品に仕上げたいとか、僕の能力の及ぶ範囲かどうかすら、口頭ではわかりゃしませんし」


 僕は責任なんて重たいものを持ちたくない。

 僕の手に負えなければ断ってやる。


「……話のわかるやつじゃねぇか」


 ひとつ頷き、職人はお高そうな木箱を持ってきた。

 考えていたような異様な大きさではなく、人間が持つような大きさ。とても値段が張りそうな包装だ。

 正直言って、触りたくない。

 壊したらどうしようかという不安で、手が震えそうだ。


 恐る恐る箱を開ける。

 中身は小さくて重かった。重厚感たっぷり。少しざらつく。

 真っ白なので、絵を入れやすいけれど、どんな風にでも様変わりしてしまう色でもある。

 彼らはこれをどんな風にしたいのか。


「一点ものであるこの陶器に、さらに一点ものの絵を入れて欲しい、と思うのですが」


「こりゃ、頼まれの品でな。祝いの贈り物だそうだ。縁起物にしたい」


「しかも、砂塵組の三男坊の成人祝いですから。あの砂塵組のですよ? しかも御子息の1人の祝いの品。下手なものは送れません」


 さじんぐみ。名の知れたヤクザか何かだろうか。

 僕は知らないから、有名人に送るのかぁと、意気込む2人にぼんやりとした目線を送った。

 そういや、僕の弟も今年成人だったな。何か送らなくてはいけない。


「わかってない顔ですね、これ」


「このじょーちゃんで、本当に大丈夫か?」


「絵は、良いんです。このぼやりとした雰囲気は、まぁ、アレですけども」


 アレってなんだ。間抜けだとでも言いたいのか。


「縁起物、高貴な方へ、ってことですね。長寿祈願で鶴……いや、鶴の盃、使いたい人いるかな……鳳凰とかどうです?」


 個人の意見だが、鶴より鳳凰の方が、華々しく見える気がする。


「センスはじょーちゃん任せで良い。鳳凰な、火の鳥だったか。良いんじゃねぇか」


 モチーフは決まった。

 結局職人さんは、僕に任せることにしたらしい。

 どこに納得する要素があったのか僕には全くわからない。


「では、お願いしますね。期限は1週間後、その後さらに2日後に発送の予定で、遅れは許されません。期限厳守ですよ」


 期限が思っていたよりもかなり短い。あまりのんびりと描けないなぁ。まぁ、モノ自体が小さいから仕方ないのかも知れないが。その後、もう一度、期限厳守と念を押される。


「あ、はい。すぐ取り掛かります」



 そんなにガサツに見えるのかと聞いたら、美術家は期限を守らない者が多いのだと言われた。

 そういえば、前世の美術の先生は個性が強くて大雑把な方が多かった気がする。キッチリした人もいたはずなのだが、そういう人の記憶はあまりない。






「大仕事だなぁ、でも大丈夫。愛し子なら上手くやれるさ」


「あ、全部聞いていたんだ、龍様」


 アトリエに帰って、割れ物を大切に仕舞い込みながら、音楽を聞こうとしたら、龍様に話しかけられた。

 今日は仕事をしていたから、あまりヘッドフォンをしていなかったかもしれない。


「ところで、鳳凰って、赤くなきゃダメかな?」


「さぁ? 炎は赤いものだと思っていたが」


「炎色反応って知ってる?」


 リアカー無きK村で……なんて覚え方だったか。

 赤のリチウム、黄色のナトリウム、紫のカリウム……。

 そう考えると、紫や緑でも十分ありえるのか。空気多めで青色にもなるから、青い鳳凰の可能性もある。


 こう考えると、鳳凰は赤色というのは固定概念だな。

 赤色のままでも構わないけど、一点ものと言った画商の言葉が頭に残る。

 赤色は縁起がいい、だけど青い鳥も縁起がいい。

 鳳凰は、鳥の強いバージョンだよね。

 青い鳳凰ならもっと縁起がいいのではないか?


「青い鳳凰にしよう。鳳凰だってわかるように、赤も散りばめて、静かに燃えるような雰囲気で」


 静かな気分の時に楽しめる盃になって欲しい。


「そういえば、この前のお礼の品の山に、一定の条件で浮き上がるように設定ができる絵の具があったな……」


 変な絵の具だった。

『一定の条件』を自分で決められるのだ。

 瓶詰めにされているもので、沢山もらった。


 お酒を入れたら、絵が浮き上がるって、素敵だと思う。

 絵が変化するのでもいい。なんなら、アルコールの有無でさらに変化をつけられたら素敵だ。


「これ、設定の変え方どうするんだろ」


「蓋に話しかけるんだ。どれも未開封の瓶だったな。開封後も、一度蓋を閉めて、話しかけ直せば、設定を変えられる」


 物知りな龍様が教えてくれた。

 何万年も長持ちするし、薄い和紙から滑りやすいツルツルの石にも描けるそうだ。なんなら、水の上にも描けるらしい。川や海に魔法陣を描くという不可能を可能にできるヤベェ代物だった。


 値段もお高いものだろうと思ったら、高いどころか非売品で滅多に出回らないやべーものだった。

 製造主の種族が滅多に持ち出さないらしい。


 高価な絵の具の素晴らしさは、よくわかっているつもりだったが、上には上があるのだな。


「よくこんなもんタダでくれたよね」


「それだけ君が、異形に懐かれやすいんだろう」


 異形ってのは、妖鏡の世界の住人のことらしい。

 懐かれやすいかどうかはさておき、確かに親切にはしてもらっている。


 絵付け用の絵の具のサンプルで画商さんに貰ったものもあるが、こっちの絵の具の方がイメージぴったりに思える。それに箪笥の肥やしに、なんて勿体ない。

 ありがたく、使わせてもらおう。


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