ごじゅうに
「はいっ、ここですよぉ。塩芋組本拠地の大広間です。集会でたまに集まったり、掲示板置き場としたりして使用していますぅ」
案内された広間は、殺風景な石造りの空洞だった。
いや、空洞っていうのは語弊がある。高い天井と、冷たい壁で包まれた広い空間に、申し訳程度の蝋燭が天井から吊り下がっている。全体的に暗い。
掲示板として使われているのであろう、ボロボロのコルクボードが壁に乱雑に貼り付けられている。コルクボードに貼られた紙も並べ方が雑だ。物によっては逆さまになっている。
他にあるのは廊下に続く扉くらいな物で、他には何もない。なさすぎて何も言えない。僕は片付けをしない人様に見せられない部屋の主だが、このインテリアをセットした人はミニマリスト極めている。僕の対極みたいな人なのだろう。
「これはどこからツッコミを入れればいいんでしょう?」
「ツッコミを入れる場所なんてありましたかぁ?」
「……特に問題ない広間としか言えないが」
困惑している僕に、お二人は不思議そうにしている。もしや、これが妖鏡センスなのか。前に手伝った河童の料理屋さんではそんな事態にはなっていなかったのに、趣味の問題だろうか。
「えっと……そうですね。とりあえず、暗過ぎることですかね。集会場所で打ち合わせ等をするならもう少し明るい方が良いかと、なんだったらもっと明るい照明器具を吊るした方がいいです」
「あー、夜目がきく人が多いもんだから気にしてなかったなぁ」
「そうか、普通のやつには暗いか」
この二人は夜目がきくらしい。軍用の特殊訓練でも受けていたのだろうか。
「それから、ボロボロの掲示板。改修したなら新品買うべきかと。まだ使えそうならともかく、あれじゃあ持って数日ですよ。あとなんで逆さまのまま元に戻されていない張り紙があるんですか」
「いや、置いてあるだけで使わないですしぃ、逆さなのは壁伝いに生活している方が貼っていたんだと思いますぅ」
壁暮らしの方がいるのか。相変わらず不思議な世界だ。
僕は頭の中で想像をしてみた。四つん這いで壁を這いずり回るゾンビ。なかなか怖い。ホラー映画でありそうな生物だ。
「最後に、これは片付けした後の部屋ですか?」
あんまりにも物がないのは、改修した直後だから物を片付けてしまったという路線もある。しかしその道は彼女の一言で封鎖された。
「いや、改修前と同じ状況に戻してあるから、元々こんな感じ」
「これで飾り付けてあるっていうなら目が節穴です。殺風景な空き部屋とどう違うっていうんですか」
いくら僕が片付けの嫌いな物置魔だからといって、この何もない状態が普通に見てもおかしいことくらい理解できる。これは片付けの上手な人だっておかしいと思うはずだ。
トタロウさんが首を傾げながら、呟いた。
「……掲示板があり、広い」
ホノさんはそれに頷いている。
「それは大差がないっていうんですよ」
トタロウさんとホノさんは、もしかしたら似た物同士なのかもしれない。何が問題なのかよくわからないと揃って顔に出ている。
「僕、インテリアは専門外なんですけど……素人目線で助言するなら、壁紙を貼るだとか、像を置くだとか、壁沿いに小さい棚を置いてその上に花瓶を置くだけでも風景が変わりますよ。集まる方の体格や人数にもよりますけど、椅子とテーブルを置いても良いです」
長々と考えていることを言葉にする。
問題点はざっと見た感じそれくらいだろうか。
これは僕じゃあ手に負えない。もっと本職の方にお任せするべきだ。
「おぉ……でも人数分の椅子とテーブルは入りきらないですねぇ。普段は段ボール箱を引っ張り出してきて、組長がその上で伝達事項を告げて、それを立ち聞きしてるんですぅ」
ホノさんが補足を説明してくれた。何故に段ボールなのか。口頭説明だけで済ますのもどうかと思うが、プリントを配るなり掲示するなり対応しているのだろう。ここを使う人がそれで構わないというなら、気にすることでもないかもしれない。
「じゃあ、それ用の立ち台とか、その際に使う黒板とか、綺麗に飾るよりも、まず先に実用性を備えた方がいいかと」
ただアドバイス程度に提案はしておく。黒板がダメならホワイトボードでも良いが、妖鏡には存在するのだろうか。むしろ魔法的な何かで空中に文字が浮かび上がるなんてどうだろう。未知の世界では夢が無限大に広げられる。
「黒板なんて寺子屋で使う以外知りませんでしたぁ。面白い使い方考えますねぇ」
寺子屋って、小学校みたいなものか。そうか、ちゃんとこの世界にも教育の場があるのか。
「口頭だけよりも見てわかる方が理解しやすいでしょう。人によるとは思いますけど、僕はそうでした」
数学の授業でも、英語の授業でも、口頭説明だけで理解できるわけがない。映画の中の軍事作戦だって資料配って、地図と駒使って説明するシーンがある。何事も具体的な説明をするには言葉以外の表現を使うことが多い。
「あんた、本当に画家か?」
不意にトタロウさんが聞いてくる。それ今さっきも問われた気がする。よほど疑っているのだろう。しかしながら、絵を描いて歩き販売している様も見ているはずのトタロウさんがなんでそんなわかりきったことを。
「なんで今の発言でそんなこと聞くんですか。画家ですよ」
僕は、一種のジョークか何かだと思って、にっこり笑って言葉を返した。