ご
新品のヘッドフォンに切り替えた。
ゲーム用のインカム付きのお高いやつ。
龍様と喋る頻度が高くなってきたので、値段に釣り合った使用頻度になるだろう。ところで……。
「ねぇ、龍様。キセル屋、もう4店舗目だよ」
「キセルは需要が高いから、店も多いんだ」
「貝殻屋ってなんのために売っているの?」
「食べるなり、飾るなり、削って武器にする奴もいるな」
「あそこは魚屋って書いてあるのに肉が売ってる」
「上物だな……あれは下半身が魚だから、魚判定」
この世界には不思議がいっぱいだ。
下半身が魚ってことは、もしかして人魚の肉?
いや、ケルピーかもしれない。
考え込んでいれば、変な生き物が目にはいった。
大きな生き物が、キセルを吸ってる。顔面には中心の穴1つしかない。アレは口なのか鼻なのか。鼻からキセルを吸うというのもおかしな話だから、口だとは思う。
ゆったりのったり街探索。
これでもう二ヶ月目だ。
スケッチブックを持ってクロッキーしながら歩いていると、よく話しかけられた。
どんなもの描いているの?
こんなものも描ける?
これに絵付けして貰えないかな?
小さな生き物から大きな生き物まで、わいわいと声がかかる。普段生きている世界ではこんなに積極的な人たちはあまりいない。日本ならもっといない。
いいよいいよ、と軽く返事をして、あちこちに絵を描いた。
最初は紙や木の板を持ってきていた人々。
だんだんと様々な物を持ってくるようになってきた。
ボディーペイントを頼まれた時は専用の画材がなくてお断りした。
武器であろう大鉈を持ち込まれた時はどこに描けばいいのか戸惑った。掘ってくれとでも言うのか?
注文は酢橘の絵だった。柑橘類の、酢橘。どうしてそれを鉈に……?
重い内容もやってきた。
泣き暮らしている女性の死んだ夫の絵を描いて欲しいなんて依頼が来た。
責任とか気分とか重すぎてすごく微妙な気分ではあったが、その人にとったら女性に少しでも元気になってもらおうと必死だったのだろう。
僭越ながら、描かせていただいた。
こっちの世界では、写し絵はあっても写真がないらしい。
携帯の写真機能も使えなく、全てピンボケするという写真事情で、その夫のヒントが『骨』以外に何もなくて泣きそうになった。わかんねぇ。骨ってなんだ。写し絵すらなかった。
結婚写真みたいなノリはないのだろうか。結婚記念の写し絵の仕事も受けてみようかなと思った。
依頼人曰く、骸骨の姿だったそう。よく着ていた服は深緑のスーツで、小物は質素な物で……。
話を聞いただけで描くのはなかなか厳しいと思っていたが、全身が骸骨人間だったことにより思いの外、描きやすくなった。
顔の特徴で説明されるより、骨人間の方がイメージがつきやすいのかもしれない。
描き終わったあと、依頼人は喜んで絵を抱えて走っていった。それなりに大きいキャンバスだというのによく持ち上げられるなぁ。
結局その未亡人の女性には会わなかったが、少しでも役に立てたのなら良いなと思う。
帰る直前までは、壁に絵を描いていた。
落書きではない。
その家の住人に頼まれた。壁に描く許可はもらった。何を描くのかも聞いた。合法壁にお絵描き体験だ。
スプレー絵の具を持っていたから活用した。
頼まれたモチーフは静かな月。前世の夜空を思い浮かべて精一杯描いた。今世の空は僕にとって奇怪な色なので、想像で描くのは仕方ないことだった。
最初は、パンクなよくある落書き風のストリートアートも考えたが、和風な世界観に合致しなかったので却下。
大人しく、水彩チックなぼやけた風景を描く。
途中で、りゅうを描いてくれと注文が増えた。
龍様の時も思ったが、りゅうと一口に纏められても、トカゲメインのモノか、ヘビっぽい空に浮くソレか、はたまた首長恐竜のようなアレか判別がつかない。
どんな風のと問うたら、髭の長い宙を支配する蛇のような姿のものと言われた。要は、龍ってことだ。
7つの玉でも持たせてみようか。
お礼だのなんだのとたくさん持たされたお土産を詰めたリュックは重かった。お礼の中身は食べ物から小物まで様々だ。どれもお高そうなので、大切にとっておく。
食べ物は賞味期限が不明なので早めに食べよう。
知らないモノから貰った食べ物に口をつけるのはどうかと思ったが、好意で頂いたモノだし、美味しそうだし、腹壊すくらいなら別に構わないかなと考え、普通に食べる。前世ならきっとやらなかった。
帰り道、龍様はどんな姿なのか、想像だけで試し書きすることを龍様と約束した。
これはあれだ。ミリ知らお絵描き。
一ミリも知らない物をヒントだけで描く、チャレンジ動画でよく見るあの企画。
「いつか龍様が見える日が来るのかな?」
「……あぁ、そうだね。その時は、しっかり目に焼き付けてくれ」
「焼き付けるほどの見た目だったら、ね」
彼は声だけならかっこいいけども、みていない物を確信はできない。彼がカッコいいという確証はないのだ。
この二ヶ月、僕の創作意欲は刺激されまくった。
おかげさまで、有名な画商さんに目をかけてもらえることとなった。
妖鏡の世界の画商さんだったが。
価値を認めてもらえるなら、需要があるなら、どこだっていいのだろう。
1作オークションにかけてもらえることになった。
お眼鏡にかなった絵はいくつかあったようだけど、値段の問題とか買い手がつくかの問題とかで、1作だけ、されど1作。
個人的に欲しいと言われて、数点ほど他のものも売った。
そんなに画風が気に入られたのか。嬉しいけれども思わぬ収入に驚きが隠せない。
厳選された絵は、ここ二ヶ月で、一番初めの方に描いた、商店街の絵。
目を見張るものがあったと言われたが、僕にはどうにも普通に見える。他の作品と大差ない。
気に入って貰えたのなら、それでいっか。
「この絵の何がそんなに良かったんです?」
「空の塩梅と、いきいきとしたタッチが素晴らしいです」
目を輝かせた画商さんは鼻息荒く説明してくれた。
要約すると、空の色模様と、街並みの生き生きとした輝きが素敵でしたということらしい。
「それは、どうも……」
前のめりにつらつらと褒められてタジタジになる。
異世界人、勢いがすごい。
「いやぁ、この龍の絵も、まるで龍神様のようで素敵でしたが、非売品と言われてしまいましたし」
「すみませんね」
「いえいえ」
龍の絵っていうのは、例のミリ知らお絵描きの作品だ。
これはもう1作描いて見比べたいので、手元に置いておきたい。これは龍様の姿を見るまで手放せない絵だ。
「そうだ、露羽さん」
僕の名を呼ばれる。
露羽っていうのは、作家名だ。つゆはねって読ませるのだけど、ロバって呼ばれるのも嫌いじゃない。
本名は砂甘アヤメ。珍しい苗字だ。そしてこの世界には日本がないのに、名前がすごく日本人。今世の生まれは日本ですといっても通じるレベルだと思う。
「陶器の類の色付けは、できますかな?」
「えっ? まぁ、素人ではありますが一応」
やったことはある。得意かどうかと聞かれると、微妙だと返す程度の能力だが。
「おぉ、それなら、陶器の絵付けをやってみませんか」
陶器の盃に絵付けをして欲しいらしい。
有名な職人の頼みだそう。シンプルな一色でも十分評価されている相手らしいが、相手は何か絵をつけたいという。その職人に見合う絵付け師がいなくて困っていたそうだ。
僕の得意分野は水彩絵であって専門外なのだけど、大丈夫だろうか?
本当に僕でいいのか聞き返すこと3回。
しまいには、君ならできる、と根拠のない熱い言葉を言われた。熱苦しい相手は苦手だ。勢いに負けた。
「わかりましたよ、お受けします」
その時の画商の顔と言ったら……。
勝ち誇った輝かしい顔面に、一発殴りかかりたくなった。