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よん

 

 ではこれにて、などと言って去っていた天狗面の子。

 随分と親切で優しい子だったと思いながら、準備を終わらせる。

 僕の専門は水彩画だが、油彩もやる。興味の湧いたモノに手を出しまくった結果、いろいろと齧っている。

 あの作品、UVレジンもその過程で手を出して、完成作を放り出していたものの一つだ。

 必要品を買い貯められる財力が、今世にはあるのだ。

 やりたいけど、時間も金もなかった前世。今世は金があった。親のだけど、どうにも僕のお家は大雑把なようで、特に苦言も呈されなかった。利用している僕がいうのもなんだが、雑すぎる。


 立てたイーゼルにキャンパスを乗せる。

 とりあえず目につくものを描く。

 この視界を全て絵に写すつもりで描く。

 人によって、見えている色は違うという。

 僕の視界は僕にしか見えていないってことだ。

 僕の見えている物を少しでも誰かに理解して欲しいと思うことは、変なことだろうか。



 しばらく黙って絵を描いていた。


 妖鏡の世界は、和風ファンタジー世界のようだ。

 服装を見ていると、和服が多いのかと思いきや、スーツやパーカーのモノもいる。ごちゃごちゃしていてまとまりがない。

 街並みは騒がしすぎる京都って感じ……行ったのは修学旅行の一度きりだったから、あくまでイメージの話だ。

 木造建築でのれんがさがっていて、提灯や凧が上がっていて和風。どんちゃん騒ぎの人々は姿形がバラバラ。

 普通なんてないんだと思い知らされる。


 和風の街並みで、僕がエキゾチックなポンチョを着ていても街行く人が和服しかいない訳ではないから目立たなくて良い。着ぐるみで歩いても気にされなさそうだな。


 誰か1人くらい、際どい水着を着て歩いていないだろうか。

 そう思って目を皿にして探してみたら、モッフモフのポメラニアンが二足歩行で歩いているのを見つけた。人間であればかなり際どい露出の格好。真雪のように柔らかそうで白い体毛が外気に当たってふわふわ揺れている。

 あのモフモフ具合は、魅惑的だ。


 いかんいかん、手が止まってしまった。


 考え事をやめて、筆を動かす。時折止めて、観察しての繰り返し。こんなに心躍る絵を描くのはいつぶりだろうか。


 もしかしたら、前世ぶりかもしれない。


「愛し子の絵は、空が独特だな」


 不意に龍様の声が響いた。周りに夢中で龍様の存在を忘れていたよ……。


「独特かぁ」


 自覚はある、でも僕は視界をスケッチしているにすぎない。

 色だって、見たままの色で塗っているつもりだ。


 今世の世界は、空の色がサイケデリックだ。

 もちろんこれは、現鏡の世界のこと。妖鏡の世界もそれと同じくサイケデリックに染まっている。


 前世を知らないままだったら、おそらく『空は気色の悪い変な色』という知識だっただろう。

 雲は見えるので、空が前世通りの灰色に染まる曇りの日が一番落ち着く。


 記憶が戻る5歳より前の年の時、兄弟たちに空について聞いてみたが、おかしな夢でもみたのねと言われた。

 要するに、僕にとってこの世界の、この人生の空は極彩色であるけど、他の者から見た空は普通の色ってことだ。

 晴天は水色。夕焼けは赤。

 前世知識で話を合わせて過ごしている。

 理科の授業で、空の様子を観察しましょうの回だけは、他の子を観察する必要があったが、普段生活する上では空の話はあまり出てこないので、問題ない。


「この絵、いいねぇ、俺好きだよ」


「それはどうも」


 龍様が気に入ったんなら、この絵は売り物にしなくてもいいかなーなんて思った。思っただけで、そのうち忘れて売るのだろうけど。





「満足した」


「もう夜な訳だが」


 本当は夜通し描き続けていたいのだが、風景が変わってきた。模写するには状況が悪い。

 あと、昼ごはん食べ損ねた。夕飯も食べ損ねてしまいそう。


「あっ、そうだ。よつもぐいって、ないの?」


「いきなりなんだい? それ」


 神様なのに知らないのだろうか?

 不思議に思いつつ、覚えている範囲で説明をする。


「別世界で物を食べると、帰ってこれなくなる、的な」


「……よもつへぐい、だね」


 間違えて覚えていた。恥ずかしい。忘れてくれ。


「妖鏡の世界では気にしなくていいから……でもお金、あるのかい?」


 この世界の通貨は持っていない。無一文。

 現世の世界の通貨なら持っているけど、そちらも、千円札3枚しかない。


「ないね、現鏡に帰ってアトリエ(自宅)でコンビニ飯かな」


 作ればとは言わないで欲しい。

 僕は料理が死ぬほど嫌いだ。

 さて、まずは門の上から下りるとしよう。


「すみません、そこの方」


 声をかけた僕を門から下ろしてくれたのは二足歩行の牛さん。女の人だったらしい。耳元のハートのピアスがステキですね。

 背が高く、門を軽々と越えるその身長で僕を下ろしてくれた。巨人だ…いや、巨牛……?

 ともかく、ありがとうございます。



 家に帰った。

 片手でおにぎりを食べながら、もう片手で絵を描く。

 行儀が悪い? 確かにその通りだ。

 今世の家族は行儀作法を大切にするから、バレたらぶん殴られるかもしれないが、一人暮らしだし、誰も見てないからセーフ。


 そうそう、今世では15歳が成人年齢。

 僕は既に成人しているので、一人暮らしも余裕だ。

 たまに仕送りを貰って過ごしている。仕事はもちろん絵描きである。前世で15歳の時に一人暮らしはちょっと無理だっただろうから、この世界の子供は逞しいなと思う。



 絵にのめり込むと、朝に描き始めていたのにもう夜とか平気でやる。よって僕の携帯は夜中の12時にアラームが鳴る。

 1日の切り替えですよの合図。

 どうせこの時間帯の僕は寝ていないから、無問題なのだ。


 今日もけたたましいアラームが鳴った。頭が割れそうなので、すぐに止める。

 おにぎりの包装をゴミ箱に投げ入れて、絵の具や濁った水全てその場に放置したまま、着替えに行く。

 油絵の具は臭いがきつい。換気扇はつけっぱなし。


 そういえば、今日の僕は龍様と話すために、ヘッドフォンつけっぱなしだったな。

 危うくこのまま風呂に入るところだった。


 ヘッドフォンを外してやっと、他人の息遣いから解放される。龍様は騒がしいタイプでもないからあまり意識はしなかったが、やはり1人の方が息がしやすい。


 人に囲まれた方が息がしやすい人もいるだろうが、僕はそうではなかった。


「明日は街中探索しよう」


 妖鏡観察が趣味になりそう。

 気軽に行ける異世界って、アイデアの宝庫だ。


 ……ヘッドフォンに喋りかけている独り言が酷い人に思われるのは嫌だから、インカムのついたヘッドフォンに切り替えようかなぁ。

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