にじゅうろく
「納品物です。いろいろあって期限ギリギリになってしまい、すみません」
これ、作品です、とモラルも何もなく、箱詰めしただけの代物を渡す。薄べったい箱は、ツギハギの段ボールでできており、子供が作ったのかと思うような形になっている。中身はもちろんしっかり作品が入っていて額装している。包装だけが残念な仕様。
この渡し方はないわ、と今は思っているが眠くてついやってしまったのだ。
これじゃ前世、高校で初めて作品展に出した時と同じレベルの包装だ。高校で出した時ですら、他の子よりも包装の仕方の悪さが際立っていたのに、なんて馬鹿なことを……。
朝、作品を背負って歩いている時にそのことに気がついた。大慌てで顔を青くさせる僕に、龍様は気にしなくていいと言って笑った。いや、気にするでしょと道端で叫ぶ僕。周囲の行き交うモノたちが何事かとこちらに目を向けてきた。
僕は、なんでもないです、と消えそうな声で呟いて俯きながら早足でその場から立ち去るしかなかった。
ホノさんに怒られると覚悟していたのだが、龍様の言う通り彼女は包装など全く気にも止めずに作品に目を釘付けにされている。跳ねたり、その場でくるくる回ったり、身体で喜びを体現している。とても良い反応をもらえて、僕もじんわりと嬉しくなる。
「これぞ、素敵な、爆発!」
「喜んでもらえて何よりです」
「ココ、ここの噴煙の雰囲気とか、中心部の赤の仄かでいるのに強い主張。色の移り変わり。すっごいです。爆発音や硝煙の香りが絵から漂ってくるだなんて、思いもしませんでした」
「別に匂い付けなんてしてませんからね? 漂ってきませんって」
「いいえ、いいえ! 感じる! 鼻を通る爆発の匂いや、なだれるような崩壊の音を!」
ホノさんは思っていたより、やばい人だったのかもしれない。今更気づいたところでもう遅いな、とその事実を見えないふりして話を続ける。
「まぁ、喜んでもらえて何よりです。いくらで買います?」
「えっ、それ私が決めるんです?」
「この絵の価値を決めるのは買い手だろうと思いまして、僕的には銀貨20枚くらい……」
「銀貨20枚! 低すぎるので、上げて下さいよぉ、銀貨60枚にします!」
前のめりに叫ばれた。値段をあげて欲しいと言う客なんてそうそういないだろう。
「うわぁ、想定の3倍になった……ありがとうございます」
そんなわけで、絵は銀貨60枚で売れた。
物に例えると、安めの木札が買える値段。
「金一枚出してもいいんですけどぉ、露羽さん絶対受け取らないでしょ〜?」
「そんなに貰えません。食うに困っていたら貰いますけど」
その評価は過剰すぎる気がするので、却下の方針です。
絵が大きいので、その後その場で解散となった。
まぁ、しばらくわちゃわちゃとお喋りはした。最近起こった爆発事件の話とか、描いた絵の話とか、お互いの喋りたいことを気ままに喋っていた。気まますぎて話の内容がポンポンとんでいく。面白かった。
「あ、和陽さん」
「……ん、あぁ、露羽のじょーちゃん。お守りは一緒じゃないのかい?」
お茶屋の店先で長椅子に座っている和陽さんを発見した。
手にはおしるこ。餅を箸でつついている姿にハラハラする。
その大きさの餅は、喉に詰まる。しっかりした歯で噛みちぎっている様子を見ていても、何かの間違いで喉に詰まらせないか不安だ。
「お守りって、トタロウさんのことですか? 今日は一緒じゃないです」
「護衛の意味がないじゃないか」
「でも、ちょっと出歩くだけですし、もう慣れてきましたし、平気ですよ」
未だ納得のいかない顔で、不安気な雰囲気をしている和陽さん。心配しているのはわかるのだが、いささか過保護すぎやしないか。
「まぁいい……次の散歩は一緒にいろよ、ここんとこ、塩芋と酢橘がピリピリしてやがる」
「しおいも……あぁ、なんかヤクザみたいな」
ポテチのヤクザと、トタロウさんの実家だ。いや、トタロウさんは遠縁と言っていた気がする。ピリピリっていうのは、要するに、抗争が起こりそうとか治安悪化の可能性があるとかそういうことだろう。
「ここいら逆さ傘通りは、基本的に酢橘の領地だが、ちょっと古鼠の方や隣の洋街に行くとすぐに別の領地だ。抗争の気配がある時は、境目には近づかんことだな」
古鼠通り、確かに紫服のチンピラさんを多く見かけた気がする。
領地的な意味で考えると、ホノさんはわざわざ僕に会いに逆さ傘通りまで探しに来てくれたのか。
それってかなり危ないことだったのでは?
……雇われって言ってたから、彼女はそういう問題とは関係ない身なのかもしれない。
「古鼠は、古鼠通りのことですね。洋街って……」
「洋街は、砂塵が仕切っている。和街と同じくらいの規模で、中央街まで進んで検問に行くか、もくせいの壁を越えるか、山周りで入るか、どっちにしろ組同士の抗争が多すぎて安全に入れる場所じゃないな」
「へぇー」
洋街と言うくらいだから、ヨーロッパのようなカラフルで陽気な街並みなのだろう。和街に妖怪が蔓延っているみたいに、ドラキュラとかフランケンシュタインとかいるのかな。一度行ってみたいな。
「行くなよ、愛し子。あそこは危険だ」
今日一日、黙っていた龍様が語りかけてきた。
龍様は僕の行動制限を積極的にかけるようなタイプではない。よほど危ないのだろう。そんな危険がいっぱいな街なら面白い絵の題材がありそうだが、僕は絵を描けないのなら死んでやるという過激派な画家ではない。行くのはやめた方が良いだろう。
「なんだ。黙り込んで、行こうって考えてるのか? やめとけ。やめとけ。砂塵の奴らは身内贔屓で外の奴らを嫌うんだ。良い扱いは期待できない」
「いや、いきませんよ……身内贔屓って、和陽さん贈り物送っていたじゃないですか」
「あれは俺が送ったんじゃない。オシロだ。そもそも、俺やオシロはそれなりに名が売れているからどこ行っても邪険にはされないんだ」
「道端の画家には扱いがよくないだろうって、ことですね」
「そうだな。行くなよ。わかったな」
「はい」
良い返事でにっこり笑いながら、これはフラグだと確信した。
御伽話でも、『やるなよ』は絶対に『やることになる』ものだ。そうでなければ鶴の恩返しで男は扉を開けないし、浦島太郎は玉手箱を開けない。