にじゅうご
「龍様って、オスだよね」
彼からすれば不意の質問であったのだろう。ひどく慌てた様子で、メスだと思っていたのか聞き返された。
朝ごはん代わりの菓子パンを食べながら、テレビのチャンネルを変える。たいして面白くもないニュースしかやっていない。
「いや、今まで一緒にいて、あたりの様子は見えている風だと思っていたのだけど、違った?」
「……まぁ、わかるな」
「ヘッドフォンなしでも会話ができるようになったよね」
「便利だろう?」
「便利だけども」
まるで常に一緒にいるような感覚になる以外不都合はない。
僕たちズッ友だから、ずっと一緒にいようね、というのは幼い子供かバカップルの2択だと思っている。よって、この距離感がおかしいことくらい僕にもわかっている。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「風呂場でも僕の周囲を見ているの?」
こんなガサツでズボラな僕でも、一応身体的に見て、オンナノコである。
自称オスに、風呂を覗かれて微妙な気分にならないはずもない。
あ、この菓子パン、餡子入ってる。
齧っていた菓子パンから口を離して、パッケージを見れば、『あんまん』の文字。ちゃんと見て買うのだったなと後悔した。僕は餡子よりカスタードクリームが良かったなぁ。
「見てない! 見てないから!」
「なら、いいんですけど。いや、見られても少し不快なくらいで気にするほどのことでもないですけど。なんかこう、思うところがあるっていうか……あ、やっぱり、これは気にしてました。訂正、気にしてます。不快でした」
「見てないってば! というか嫌なんじゃないか!」
「そうです。嫌です。四六時中一緒は、仕方ないかなと思えますが、異性と風呂一緒で構わないのは家族くらいじゃないですか」
四六時中一緒と言ったって、可視化できているわけでもないから、話をしていなきゃ、誰かといる感覚もない。そこは別に気にすることではない。
「……君、父や男兄弟と今でも風呂入れるの?」
「ええ、でも僕は気にしませんが、機会がないので実際入ったことはありませんね」
前世で兄弟がいない僕には兄の気持ちも弟の気持ちも分からないが、どんな反応をするか予測くらいはできる。兄は苦い顔をして、女兄弟たる姉と入るよう説得するだろうし、弟はかなり嫌そうな顔で、こいつまじかよと呟いて、1人で入れと言うだろう。
彼らが嫌なら、わざわざ一緒に入ることもない。そもそも、我が家の風呂場は、会社の人だかヤクザの仲間なのか、見知らぬ大人と共同だ。イメージ的には、温泉屋さんの露天風呂。もちろん男女別浴。一緒に入る機会はない。
「あ、そう……変な男に捕まらないようにね」
「今現在変なオスに絡まれています」
「変なオス……せめて、男性っていう表記にして欲しいな」
どこか不満そうな龍様。何かが気に入らなかったらしい。
僕としては変な点はないと思っている。
「僕のイメージ的には、りゅうの男女表現はオスメスです」
なお不満そうな彼は、子供のように声を上げる。
菓子パンを食べ終わった。僕は彼の話を聞き流しながら、ゴミをゴミ箱に投げ入れる。綺麗にホールイン。僕の命中率は3割くらいなので、今日は運が良かったのだろう。
「実体化できたのなら、俺は人の形も取れるんだよ」
実体化。姿を現すことができたら、ということだろうか。
人の形の龍様。身長がひょろっと長い青年を想像する。龍って蛇に似ている気がする。ヘビを擬人化させて、龍要素のツノと羽をプラスすれば、龍様のイメージ図が出来上がった。
つり目というよりタレ目の雰囲気があるから、あまりキリッとした顔は想像がつかない。もしかしたら、蛇というよりもウツボかもしれない。ウツボの目はまんまるのキョトンとした目だ。こう考えると、どう足掻いても龍様が間抜け顔に思えて仕方ない。
「……今は実体化できてないので、表記変更はなしでいきますね」
「ひどいね、君」
もしかしたら、僕の想像を読み取っていたのかもしれない。ひどく不機嫌に返事をされた。不機嫌でも返事をしてくれるあたりに優しさを感じる。意地悪言ってすみませんでした、心の中で謝っておいた。
テレビの中で、見覚えのある女性が番組終わりに告知をした。楽しげな声に釣られて意識を向ける。
「え、この前のドラマ。来年、映画化するの?」
「トタロウさんには兄弟いますか?」
カッパに頼まれた店の装飾依頼は、とても上手くいった。
お礼に食べていってくれと、ご馳走して貰った料理はとても美味しかったが、きゅうりの団子がデザートに出てこなかったことには疑問しかない。もしかしたら、カッパ=きゅうりのイメージを持っている人はこの世界にはいないのかもしれない。
今は依頼後のお気楽な散歩中である。
ホノさんの依頼の納品をさっさとしなくてはいけないのだが、ここのところ柄にもなくテンション高めに動き回っていたので、息抜きがしたかった。
昼間の散歩なのでトタロウさんと一緒。唐突な質問に彼も慣れてきたのか、いないと即答された。
「えっ、そうなんですか……しっかり者だから下に兄弟がいるのだとばかり……」
「……アンタが抜けているからそう感じるだけだろう。俺はしっかり者じゃない」
僕が、抜けている……?
間抜けってこと?
そんなつもりはカケラも無かったので、とても驚いた。
本当に……僕、抜けてる?
龍様に心の中で問うてみる。最近わかってきた。どうせこの人は心が読めるのだ。そうでなければ、いちいち僕が考えていることを読んだようなツッコミはいれられない。
龍様はボソリと、自覚なかったんだねと呟いた。
マジで読めていたのかという衝撃と、龍様も僕を間抜けと思っていた事実に、幼児のように転げ回りたくなった。
誰が、間抜けだ。前世でも一言だって言われたことがない。
この世の人がしっかりし過ぎているだけだ!
「えぇ……」
納得がいかないと不満を抱いた。