に
こんにちは。
異世界転生からの異界転移を経験した転生者です。
実は……僕のヘッドフォン、喋るみたいだ。
お気に入りの青い安物ヘッドフォンから声がして脳に響く。
透き通った男性の声。
その声は擬音塗れで帰路を示した。
「だから、そこの道をまっすぐ、ひゅっと行くのだ。ひゅっと。そして2番目の赤い鶏の横をすすすっと通り抜けて、最後に呉服屋の裏の山をすぱぁんっと行く。その山の鳥居が通路だ」
この回答を聞くまでに、30分はかかった。
道の端で1人押し問答をする様は、間違いなく不審者だったろう、悲しいことに。
この説明でもわからないことはある。赤い鶏ってなに。唐辛子でも浴びたの? 呉服屋ってどこ。どの建物なのか、暖簾の文字だけではわからないよ。
「そもそも、あんた、だれ?」
「俺? 俺は『りゅう』だよ、君の通った御堂の、りゅうのかみさま」
「かみさま」
なんとも突拍子もないことだ。だいたい、りゅうってなんだ。竜? 龍? それともドラゴン?
「そうそう、簡易的とはいえ儀式を行ったんだから、そんな不安顔を晒す必要はないよ。行きも帰りもこれから先も俺がついているからね」
言っている意味が理解できなくて首を傾げる。
一方的にわからない情報を押し付けられる感覚。
授業で生徒を置いて走り去る教師のよう。
前世の僕は英語で置いていかれた経験がある。
どうして先生ってわからない生徒を放置するような授業を行うんだろうか……授業日数が足りてなかったんだろうな。
眉間に皺がよる。
「儀式……4回拍手したあれ?」
「柏手だな。あと一礼。俺の御堂を通ったのは君が初めてだったから、お気に入りにしてあげたんだ」
まるで、嬉しいだろうと笑って犬に褒美をやる飼い主のような言い方。声は明るかった。ぴきりと手に力が入る。偉そうだ。何様なんだ。
このヘッドフォンを壊してしまおうか。そうしたら声は聞こえなくなるはずだ。
「今、俺が声を伝えられなくなったら、君は帰り道が分からなくなるわけだが……いいのかい?」
「それは困る」
考えを読んだかのようなセリフに口を尖らせて、渋々と手の力を緩める。
少し、ゆっくり話せるところに移動しようか、と言われて、言われるがまま、歩き出す。
途中途中の擬音に怒りメーターを高めながら、聞き返しまくった。もう少ししっかり喋って欲しい。
JK語のわからないおじさまの気持ちがわかった気がする。
やっと辿り着いたのは、一件のお店。
時代劇に出てくるような木造建築だ。
店員はスーツを着たカッパ。緑の肌に似合わなすぎる。
頭のお皿は、おしゃんてぃーな花柄だった。
他の店員の頭上の皿も、高級レストランで並べられそうな装飾の皿だ。カッパのお洒落なのだろうか。
りゅうに言われたことを繰り返すようにして、カッパと会話する。
「1人用の、お座敷を」
「えぇ、えぇ、どうぞ、こちらに」
案内されたのは、奥の方の小さな部屋。
部屋の中心に椅子が1つ。
何をするための場所なのか、テーブルの1つもない。
お代はどうするのかと、入ってから慌てたが、ここは無料だとりゅうに説明された。無料の店ってなんの店?
カッパが慈善活動でボランティアを行っているの?
椅子に座って、聞こえてくる声と話をする。
「ここは、なんの店ですか」
「カッパの休憩所だ。頼めば茶も団子も出る」
カッパの作る団子って、きゅうり味とか生臭かったりとかするのだろうか。興味を持ったが、この異界の金がないので何も頼めない。
「さて、かわいい愛し子、何が知りたい?」
「いとしご……?」
「可愛らしくて大切にしたい子って意味だ」
漢字と振り仮名が咄嗟に繋がらなかった。それもそうだろう。愛し子だなんて日常生活では滅多に使わない。
「とりあえず……あんたは誰?」
「だから、かみさまだってば、りゅうの」
「質問を変えよう。りゅうって、なに?」
「……そりゃあ、大昔からこの世界と君の世界を彷徨いている生き物の一匹のことだよ。君らでいうと、あの蛇のように長く空をうねる龍に近い存在、かな」
小さな声で、見えないだろうけども、と嘆きが聞こえた。
この際、なんて絵空事だというツッコミは無しでいこう。僕だって異世界転生という『絵空事』を体験している。さらに異世界転移ですよと言われて、信じられないということはない。
「じゃあ、この世界はどういうところなの?」
「……いやぁ、本当に君はうっかり、たまたま、来てしまったんだね」
呆れたような声がした。
「ここは妖鏡の世界、君たちの現鏡の世界の対だ……なんていきなり言われてもわからないだろうから、わかりやーすく教えるとだね。君らの世界から、何かの『きっかけ』を通して繋がってしまう異世界だ」
「いせかい」
「そう、異世界。異界と言ってもいい」
「……もう少し詳しく説明して欲しい」
「君の住んでいる世界は、現実の鏡と書いて、現鏡の世界と呼ばれている。今いる世界は妖の鏡と書いて、妖鏡の世界。二つの世界が隣合わせになっていて、境目が曖昧になっているんだ」
「その境目があの御堂?」
「そうさ。現鏡で妖怪の話を聞いたことはないかい? カッパだの、天狗だの。ああいう噂や昔話は、大抵間違えてそっちの世界に迷い込んだやつのことさ」
僕は紛れもないファンタジー世界に転生していたらしい。気がつくのが生まれてから10年以上経ってからなんてなんとも間抜けな話だ。
前世の世界でも妖怪だの、悪魔だの、天使だのと話はあった。前世の世界にも対の世界とやらがあったのかなぁ。
まぁいい。帰り方がわかるのなら何も心配はないだろう。
焦りは消え去った。僕は楽観主義者だ。
「街中観察をしながら、帰ろう」
あわよくばスケッチがしたい。
和風ファンタジー世界をこの目で見られるなんて、素晴らしい体験だ。
次の展覧会に応募する作品は、この世界観にしよう。
「異世界に放り込まれたってのに、呑気だなぁ、君は」
異世界に放り込まれたのは、これが初めてって訳でもない。転生者たる僕にとって今世の世界は、異世界だ。さらに別世界に迷い込んでも、そっかぁで済んでしまう。
転生した後に転移したってだけ。
お金はなくとも、今日中に帰れそうな雰囲気がある。
焦る必要はない。
「……君は面白いなぁ」
2時間ほどで行けたであろう距離を、擬音だらけの壊れたカーナビと共に3時間で行き、無事に帰ることができた。
道中不思議なものをたくさん見たので、軽くクロッキーをした。後々思い出しながら描き込もうと思う。
「じゃあね、龍様。また迷い込んだ時は、もっとわかりやすく説明を頼むよ」
一応神様なら、敬った方がいいだろうかという僕の配慮により、龍様と呼んでみる。
「その呼び方は、少し照れるな。ああ、善処するよ」
「それ直す気がないやつ」
嬉しそうな笑い声の後、彼は平然と言った。
「1回こちら側に来たのだから、君はまた、ひょんなことでこちら側に来てしまうだろう。かわいい愛し子。またおいで」
いつか俺のことも見えるようになるだろうから、と笑う彼。
画家の好奇心でまた来たいとは思ったので、軽く頷いた。
僕には見えない彼は、きっと僕のことを見えるのだろうから、頷いたことくらいわかるだろう。
さよならの言葉は言わなかった。