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じゅうさん

 

「今日もよろしくお願いしますね、トタロウさん」


「あぁ」


 2週間ほど経って、もうすっかりトタロウさんの雰囲気に慣れた頃。

 今日はどこに行こうかなと考えながら、群がってくる顔見知りの子供たちに絵を描いたり遊んだりする。


 子供たちの間では、好きな駄菓子を描いてもらうのが流行っている。商品名を言われても、この世界の駄菓子に馴染みのない僕にはわからないので、現物を持ってくるよう言ってある。


「ねぇ、露羽のねーちゃん! 塩芋のとこのメイお嬢様描いてよ!」


「え、それなら砂塵の若頭がいい!」


「いーや、酢橘のミドリ様だ!」


 子供たちが急に、駄菓子からシフトして人物画を求め始めた。これはあれか。小学校低学年くらいの子が、テレビで有名な俳優を描いてよと催促してくる感じの。


 僕を置いて、勝手に話が飛んでいき、挙げ句の果てに、塩芋と酢橘のどちらがいいかという訳の分からない言い争いが始まった。

 芋もみかんも知らないから、喧嘩しないでほしい。


「待って……待ってね。誰のこと言ってるのか全くわからない。そもそも人物画は時間かかるんだよ」


「え、嘘でしょ。露羽のねーちゃん、メイお嬢様知らないの?!」


「え、砂塵組のハル様も?」


「酢橘組のミドリ様はわかるよね?」


 知らないと主張したら、あちこちから確認のため人名が挙げられていく。どれも知らない。

 酢橘とか芋とかなんだろう。組って、どこのヤクザだ?


 子供に人気のヤクザ?


 そういえば、砂塵組、聞いたことあるな。どこで聞いたのだったか。


「ごめん、全員、誰だろうって感じ」


「嘘だろ、アンタ」


 後ろから声を掛けられた。

 トタロウさんが目を見開いてこちらを見ている。


「前々から思ってはいたが、本当に、世間知らずだな」


「……お恥ずかしい限りです」


 知らないものは知らないのだ。


「………この前の、陣取り合戦の話も知らなかっただろ」


 前回、聞き流していたことがバレてしまった。


「えぇ、ペンキの塗り合いでもしているのかと」


「なぜペンキ……?」


 前世で一時期流行っていたイカのペンキ塗り合戦のゲーム。

 僕はあまりうまくできなかったが、楽しかった記憶がある。


「この妖鏡の世界で、つい最近まで、あちこちで領地争いになっていた話は、さすがに知っているだろう?」


 知らないと言いたかったが、話をいちいち遮ると進まなくなる気がしたので、知っているという体で聞く。


「あの時の領地争いで、『陣取り』に成功したのが、砂塵、酢橘、塩芋の3つの一家だ。ちまちまと小さい領地を持つ者もいるが、大半がこの3つの領地。ちなみにここら辺は、酢橘と砂塵の2つの境目だな」


「なんだか不思議な名前ですね。砂塵以外全部食べ物じゃないですか」


「……着眼点が、おかしいんだよ。アンタは」


 ため息をつかれた。


 子供たちは、気が変わったのか、描いてもらえないとわかって凹んだのか、あちこちに散っていった。

 気をつけて帰るんだよと声をかける。



「一番争いが酷かった数年前。砂塵と塩芋の全面戦争、漁夫の利を狙う酢橘。もう大混乱。さらには、神獣と呼ばれた生き物4匹のうち、狐の取り合いになって、これが大ニュースになったのは、記憶に新しいだろ?」


 なんだか、世界大戦みたいなことがあったらしい。

 話半分にへぇ、と聞き流す。

 こいつわかってねぇなといった表情を隠しもしない彼は話を続ける。


「3つの組自体知らなそうだから、軽く説明するぞ。まず酢橘組。黄緑と黒がトレードマーク。ラフで洋風な格好のやつが多いな。和服もいるけど。いつだって横取りを狙う。ずる賢くて比較的穏健なところが特徴」


 やたらめったらと酢橘を強請られたのは、十中八九、この組が原因だろうな。


「次、塩芋組。紫のスカーフと金のリストバンドをつけているやつがいたら、塩芋のやつ。あいつらはかなり過激派。血の気が多い。未だ全面戦争の名残が残る治安の悪い中心街に行かなきゃ会うことも滅多にない」


 見かけても話しかけるなよ、と言われた。気をつけはするが、会話しない自信がない。人を選ばずに道とか店の場所とかを聞いてしまいそうな自分がいる。


「最後、砂塵組。青い地に、赤字で『砂』ってかかれた羽織が目印。過激派ではないが、正当防衛とばかりに塩芋に喧嘩を売っている。現鏡の世界でも名が売れているらしい」


 なんだかよくわからないけれど、芋と砂が仲が悪くて、酢橘が横からちょっかいを出しているのはなんとなくわかった。


 それにしても、組の名前のネーミングセンス。なんとかならなかったのだろうか。塩芋とかポテチしか思いつかないのだけど。


「ちなみに、トタロウさんは、酢橘組当主の遠縁にあたる方なんですよ」


「へぇー」


「……おい、シラヌイ」


 あれ、と思った時にはもう、横にいた。

 見覚えのある天狗のお面の子。会うのは3度目になる。


「こんにちは。画家さん」


「えぇ、こんにちは」


「……知り合いか?」


「前に2度ほど。道中であっただけですよ……名乗るのは初めてですね。鴉天狗のシラヌイと申します。トタロウさんがお世話になっているようで」


「おい」


 不満げなトタロウさんがシラヌイと名乗る子を腕で小突く。


 鴉天狗というには、真っ白な髪を持つシラヌイさん。

 白い鴉だろうか?


「えぇと、この前は、お世話になりました。お陰様でいい絵が描けました。画家の露羽です。僕の方こそ、トタロウさんにはよくしていただいてます」


「つゆはねさん……ですか。最近、たまに名を聞きますよ。未亡人の涙を掻っ攫っていったとか、無償で絵を描いて下さる素敵な方だとか」


「待って、前半の内容に身に覚えがない。後半は、まぁ、絵の練習って事でやってますけども」


 いつもタダにしているわけではない。絵を売る事だってある。そうじゃなきゃ画商のオシロさんとの繋がりだってなかっただろう。


「未亡人……誰だ。覚えがない……」


 呆れ目線で、覚えていないのかと顔に出すトタロウさん。そんな顔されても、未亡人の知り合いはいない。


「骸骨の絵、だったそうですけど」


 がいこつ、骸骨……。あぁ、もしかしてあの、なんだか重い内容の、依頼人に頼まれて、絵を描いたあれか。


 思い出して、ポンと手を叩く。

 たしかに描いた。


「頼まれて、描きましたね。骸骨さん。喜んでくださったのなら何よりなんですけど、あいにく、依頼人がサプライズと言っていたので、奥さんに会わずに終わったんですよ」


「お礼を言いたいって仰っていたので、今度会いに行くといいですよ」


「伝え聞きで十分です」


 直接、礼をもらうために行くのもなんだか嫌な気分になる。首を横に振っておいた。



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