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いち

久々の長編新作です。

1週間くらいは毎日投稿を予定しています。


 

「そこをひゅーっといった先で、すぱぁんと行けば、抜け道に出る」


「役立たずなカーナビの真似やめて、もう一回言って」


 僕の使い慣れたヘッドフォンが勝手に喋る。

 道案内機能がついてしまったらしい。

 ……道案内ってこんなにも擬音まみれだっただろうか。


「その道をひゅうと行って、すすすっ、すぱぁんと行くのだ。そしたらこの世界から出ることができるぞ」


 追加の説明すら全く意味のないモノで、ゆらりと怒りが脳を揺らすが、怒ってみたところで、声しか聞こえないこの状態では文句を言うのが精一杯だった。







 僕は人畜無害なただの画家だ。

 オプションに前世の記憶がついているだけの画家。

 前世では、ありふれた一般人。覚えている記憶は少ないが、確か学生だった気がする。

 前世で金銭的に芸術家の道を諦めた身であったが、今世は大企業の社長の子だった。次女として生まれたため、家督にはあまり関わりがない。縁談も今の所来たことがない。どうやら男であったらしい前世がある僕には、誰かとの結婚や恋愛は違和感の塊でしかない。これからも縁談は来ないでほしい。

 そもそも、僕は前世からそういった類のことがよくわからない人種であるようで、今世でもきっと恋愛を経験することはないだろう。お家からは恋愛も仕事も好きにしていいと放り出されている。そういう訳で、前世の夢を叶えて、僕は悠々と画家をしている。




 転生した先の世界は思っていたよりずっとシビアだった。


 成人年齢や治安、国の作りが違うだけで、異世界転生って雰囲気が全くない。一応、前世とは違う世界だから異世界といって間違いないとは思うのだけど。

 魔法はない。魔物はいない。チートもない。

 誰だよこんな需要のない異世界考えたやつ……。


 ファンタジックな要素が見当たらない。それだというのに、学校はある。会社はある。前世で嫌だったモノがあった。

 転生したからといって自分の都合の良い世界になる訳ではないってことだ。人生上手くはいかないらしい。


 世界の製作者がいるなら、もっとゲームや漫画のような世界観がいいですと要望書を提出する。






 記憶を思い出したのは、5歳の頃。

 2人の兄が、柏餅の取り合いで大喧嘩をしていた。

 残りの一個をどちらが食べるか決戦だ。

 殴り合いに発展したそれに驚いて、椅子から落ちた時。

 すぅっと、思い出した。

 そうだ、僕の前世の死因は餅だった、と。



 どこのお年寄りだよと言われるかもしれないが事実である。



 前世の話だ。

 僕は味噌餡のたっぷり入った餅が食べたかった。

 季節ものの味噌餡入り柏餅は、5月ごろに売られる。

 急に味噌餡が食べたくなった時には、夏間近で、周囲の店舗では売られていなかった。タイミングが悪かったのだ。


 それなら自分で作れよと思われるかもしれないが、僕は料理が大嫌いだ。それはもう、家庭科の授業で、毎回、洗い物担当をするほど。幼馴染が料理上手で、ずぅーっと同じクラス同じ班という運命共同体だったので、料理をするという選択肢は生まれてこの方ひとつもない。

 家族の手伝いですら、洗い物や洗濯はやれども料理はしない。そういう人間だった。



 僕は味噌餡入り団子をあちこちで探した。

 やっぱり売っていなかった。

 それから何をする時も味噌餡が気になる日々が続いた。

 こし餡も粒あんも嫌いじゃない。ずんだ餡だって好き。それでも味噌餡が食べたかった。

 一年待って、4月に入り、味噌餡が売られ始めた。

 わざわざ良い和菓子屋の味噌餡柏餅を買った。

 1日の賞味期限のものを山ほど買ったので、店員さんに二度聞きされて、引かれた。

 帰宅早々、喜びのまま、思いのまま、勢いよく詰め込んだ。

 そして喉に詰まらせて、死んだ。


 あっけない人生でした。

 今思えば僕の死因がしょぼすぎて悲しくなる。


 思い出したと同時に、味噌餡に対する執着心が「やぁ元気してる?」と声をかけてきた。

 心の中で、元気してるよ、と大きく返事をして残り一個の柏餅を頬張った。


 兄2人はそれに気づかず騒ぎ続けていた。

 悪化していく喧嘩に、横で昼寝していた当時3歳の弟がパチリと目覚め、泣き始めた。なんと騒がしいことか。

 側で平然と見ていた姉は僕に対して、度胸あるなぁと呟いた。止める気はなかったらしい。



 その後、兄2人の喧嘩に決着がついた頃。

 僕は厨房に追加の柏餅をせびりに行って、5歳児の可愛らしさを駆使して見事5つ獲得していた。

 こし餡、粒あん、ずんだ餡、そして味噌餡。

 味噌餡だけ2個もらった。

 僕がこれ2つがいいとぼやいて追加してもらったのだ。

 弟は泣いて寝落ちしていたので、両方とも僕の味噌餡。



 これがまんじゅうやアイスなら、弟の分をとっておく優しさがある。前世を思い出す前ならば、この味噌餡だって分けてとっておいた筈だ。しかし、残念ながら、その時の僕は味噌餡の信者(とりこ)だった。


 残りを姉に渡す。

 姉はずんだ餡を選んで、残りを兄2人に渡した。

 兄たちはどちらがこし餡を食べるかで喧嘩を再開した。


 そういえば、3歳で餅を食べて問題なかったのだろうか?


 弟は平然と口に入れていた気がする。異世界だから頑丈な体をしていたのかもしれない。



 いや、今はこんな餅の話なぞどうでもいいのだ。




 今、二度目の人生を歩んでいる以外、変わったことがない平凡な人間たる僕。

 今世も、前世と変わらぬような、成人年齢が15歳であることくらいしか差異が見出せないこの世界。しかも僕の住む国はほぼ日本。国の名前が日本国ではないだけで、ほぼ日本。





 だというのに、今世は実はファンタジーだったらしい。



 これはラノベ系というより、少年系漫画でよくある雰囲気のタイプだ。気がついたら大騒動でした、みたいなやつ。





 きっかけは、些細なことだった。


 和風なものをスケッチしたくて、浮世離れした寂れたお堂に立ち寄った。

 お堂に向かうには、アトリエ兼自宅からそう遠くはないが、わざわざ足を運ぶには険しい山道を通る必要がある。その静かな景色はその時描きたいものと合致していた。


 ひどくボロくなってしまっているお堂だったと思う。

 妖怪の住処とか魔王城前の廃村のような雰囲気。

 このお堂については山のスケッチに来て見つけた。わざわざ山の中に来なければ分からない。廃れた小さなお堂。


 でこぼこの激しい山道には人っ子1人いない。もうすぐ暖かくなるというのに、寒気がした。

 30分ほど歩いて、やっと視界の奥の方にお堂が見えた。

 お堂の少し手前には鳥居がまっすぐ立っている。


 以前来た時より、元気そうだと感じた。


 舗装されてもいない道で、少しだけ端っこに寄って、神の道を避けて歩く。僕は無宗教だが、さまざまな宗教の行事をパラパラと行う日本人だ。

 宗教のごった煮みたいなうろ覚えの知識で進んでいく。

 鳥居の前では礼が必要なのだったか?

 手を鳴らすのは、どこで、何回だったか?

 記憶は曖昧だ。とりあえず、両方やっておこう。


 迷った時は、全部盛り。

 海鮮丼はきっとそうやって出来たのだろう。


 鳥居の前で、パチパチ手を鳴らす。計4回。そして、一回、頭を下げてみる。


 ……合っていない気がする。

 まぁ、こういうのは気持ちが大事なのだ。


 そうしてするりと鳥居をくぐったら、見知らぬ商店街にいた。僕の行動といえば、鳥居をくぐっただけである。

 言っている意味がわからないと思うそこのあなた。

 僕にも訳がわからない。


 ふわりと澄んだ山の匂い。活気あふれる商店街。揺れる提灯の群れ。行き交う人々。二足歩行の服を着た兎。足元をチョロつく一つ目のネズミ。ドロドロとした体液から目玉を4つ飛び出させたクリーチャー。空を舞うおっさんの頭部。


 頭がクラクラした。訳がわからない。


 今世の世界は、妖怪の跋扈する世界だった……?



 片手で額を抑えた。

 痛みは治らない。

 なんだかしゃがみ込みたくなった。

 気合いで立ち続けた。

 可愛らしい天狗面の子供が顔を覗き込んできた。

 子供……?


 行き交う人とそうでないものたちの間で立ち止まってしまっていた僕。


 どうやら心配してくれたらしい。

 具合が悪いのですか、と聞かれた。

 かなり悪いかもしれない、と口にする勇気もなく、平気だと嘯いて軽く微笑み、道の端に移動した。


 こんな時、人を頼りたい心を邪魔するのは目立ちたくない日本人の意識だ。


 今世の僕の生きる国は、日本じゃないのにね。


 天狗面の子が、一本下駄で器用に遠ざかっていくのを見送りながら、どうしようもなくなった僕。

 ぽつりと呟いた。


「これどうやったら帰れるやつ?」



 その後、ヘッドフォンから聞こえたセリフが、冒頭のアレである。訳がわからない。

 案内人をくれるなら、もっとまともなヤツ寄越して欲しかった。

読んでいただきありがとうございます。

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