第三十九話 理解できない
受付に到着すると、係員から「こちらに、必要事項をご記入下さい」と書類を手渡された。
書く必要があるのは、本名や住所、面会目的等である。本名で書くべきかどうか悩んだが、樹は正直に本名と住所を書き記す。
その書類を出すと、番号札を渡された。事前に警備員から話を聞いていたために、あまり驚かないのだろう。
「わかりました。では、本人確認書類はありますか?」
「いえ……」
拘置所に入る上で、最も懸念していた事項の一つが本人確認書類の有無である。生憎、持ち合わせていない。受付の係員はしばらく考えた後、こう答えた。
「……わかりました。少々お待ち下さい」
言い終わるとどこかへと出かけた。
ヘムカたちは、ただ受付にある長椅子に座り係員が戻ってくるのを待つ。しかし、思いの外すぐに係員は戻ってきた。
ヘムカたちは座ったばかりにも関わらず受付へと向かう。
「通してよいとのことです。準備があるのでもうしばらくお待ち下さい」
そうヘムカたちに告げると係員としての仕事に戻る。拘置所に面会に来た人は、ヘムカたち以外にもいるのだから。
改めて長椅子に座り、時が来るのを待つ。
やがて時間になると、別の係員に案内され拘置所の内部へと向かった。拘置所の内部は持ち込めるものがかなり制限されるため、ロッカーの中に基本的には持ち物の殆どを入れる。しかし、ヘムカたちはそういった物は持っていないため、財布や家の鍵などの貴重品をロッカーの中へと入れた。
「では、こちらになります」
その後は、金属探知機を通過し面会室へと入る。面会室は、昨今のドラマなどで見るものと瓜二つであった。
面会室の椅子に座っていると、仕切りで区切られた反対側の空間に官品と思われる地味な服を着た男が職員に連れられて入ってくる。
男はヘムカを見るなり、少し驚いたものの椅子に座った。
「この面会は録画されている。それでもいいのであればどうぞ」
ヘムカが男の隣を見ると、職員がカメラを構えていた。
基本的にこういった面会では日本語以外の言語は使用禁止だ。もし使ってしまえば強制退場ということもありうる。しかし、これらとは状況が異なる。
意思疎通ができていないため、もし意思疎通が出来れば事件解決の大きな一歩になる。そのため、拘置所側は容認したのだろう。
「お前、ヘムカだな?」
真っ先にヘムカが話しかけようとしたところ、その前に兵士が話しかけた。もちろん、日本語ではない。
「ああ、そうだよ」
兵士がヘムカを断定できた理由は、単純に村を襲った際にヘムカの姿を見ていたからである。
「やっぱりな、で? お前はなんでそっち側なんだ? と言いたいところだが、別にどうでもいいさ」
兵士は笑っていた。
生活を制限されていてなんで笑えるのかはわからなかったが、そんなことを考えさせる間もなく一蹴する。
「どういうこと?」
「帰る気がなくなったんだよ。だってここ、何もしなくてもうまい飯が出てくるからな」
兵士は呑気にも足を組み、平然と笑ってのける。
しかし、それでは問題しかない。全く協力してくれる気がないというのは、ヘムカたちにとっても羽黒市民にとってもデメリットしかない。
「それじゃだめでしょ」
帰りたくなるようにヘムカは煽りたかったが、煽る言葉が見つからない。
感情的な言葉しか出てこなかった。
「いいんだよ。俺は幸せだ」
口笛を流暢に吹き、どこからどう見ても幸せにしか見えない。
「お前たちはライベに忠誠を誓っているんじゃなかったのか?」
ライベの部下の忠誠心は高い。そのことを突き、なんとか帰るように説得するものの鼻で笑われる。
「あ? 何いってんだ? ライベ指揮官は俺たちと一緒にいるぞ?」
ヘムカの言葉が理解できないとばかりに兵士は足組みを止め、手を組む。
「どういうこと?」
「言葉通りの意味だよ。あのお方は、常に最前線に立ち続ける男だからな。お前を探す際にも、真っ先に動いたのはライベ指揮官だ」
かくして兵士は語った。ライベ指揮官の人格、性格、全てにおいて全肯定だ。何か洗脳魔法でも受けたと言われたほうが自然に思える程のものだった。
このままでは進展がない。そう思ったヘムカは思いを巡らせた。
「つまり、ライベはここにいるんだな?」
確認のためにヘムカは兵士に聞いた。
そして、兵士の反応も案の定ヘムカが考えたとおりだった。
「ああ、あたりまえだろ」
「そうか、わかった。とりあえず、ライベと話したい」
「わかった。でも、この国の言葉知らないからお前が職員たちに指図してくれ」
ヘムカは会話を終えると、職員の方を向いた。職員も気がついた様子で、近くまでやって来る。
「ライベという男に替えてください。この男たちのリーダー格です」
「わかりました」
職員は兵士を連れていき部屋から退出したが、すぐにやってきた。職員の指示もあっただろうが、何より先程の兵士が話したのだろう。
実際、部屋に入ってきたときのライベはかつてないほどに興奮していた。不気味な程に笑みを浮かべている。まさに、狂気を体現したような表情をしている。
ライベは椅子に大人しく座った。
「久しぶりですね、ヘムカ」
ライベは、ヘムカと話せることがよほど楽しみにしていたようだった。笑みが隠しきれていない。
その不気味さ故、思わずヘムカは体を震わせてしまった。
「久しぶり……ライベ」
樹は会話の内容がわからないので終始無言でした。




