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第十八話 ぎしぎし

 家を出た樹たち二人は、敷地内に止まっている自動車に目もくれず道を歩き進める。この辺りは鉄道路線が通り、幹線道路があるといえども人通りは少ない。少し遠くを見渡せば小高い山林が見えてくる。


「そういえば何か食べたいものはあります? 肉? 魚?」


 自分が料理を作るのだと張り切っているヘムカは、樹の方を見て食べたいものを聞く。樹は少し思い悩んだ後、苦笑しながら答える。


「肉がいいかな。魚はちょっとね……。特に青魚は」


 ヘムカが目覚めて鯖を食べていたときも、樹が食べていたのは肉だ。考えるまでもなく、単に樹は魚が嫌いなのだろうと確信する。


「そういえば、車は使わないんですか?」


 ヘムカが外出するとき車の真横を通ったのだが、樹には使う気配がなかった。そのことをヘムカは疑問に思ったのだ。


「うん、ペーパーでね。極力避けたいんだよ。後、もっと砕けた口調でいいよ」


「わかったよ……」


 ヘムカは樹の言う通りにすることにし、納得しながら駅までの道のりを歩く。

 家の周辺はかろうじて民家が多いが、少し歩くと周囲は開けた土地になり見渡す限りの田畑でになる。そんな中、田畑の中で異様な存在感を示している簡素な小屋が目に入った。


「……あれ何?」


「駅だよ」


 白く舗装されたプレハブ小屋。簡素な駅名看板がかけられただけである。

 ヘムカが呆然としていると、樹はこの駅にどんどん近づいていく。ヘムカも急いで樹に追いつき駅へと到着した。


「電車乗るの?」


 ヘムカにとって、電車とは人で密集しているというイメージだった。密集していれば誰かしら自分の耳や首枷に気づいてしまうのではないかと危惧する。


「気動車だけど乗るよ。嫌だった? ほとんど人いないし、車掌と顔合わすだけで済むから楽かなと」


「そうなの? ならいいや」


 ヘムカが駅の戸を開けると、案の定誰もいない。壁に張られているポスターなども、年代を感じさせるものだった。

 羽黒鉄道と書かれた時刻表を見てみると、一時間に一本程度で二時間に一本という時間帯すらある。ヘムカはさすがに前世の時刻表までは覚えていないが、さすがにここまで間隔が長くはなかったはず。

 けれども、列車に乗るということに懐かしさを感じた。


「列車来たよ」


 ヘムカが駅構内を隈なく眺めていると、すでに駅のプラットフォームにいる樹から声がかかる。微かながら列車の音しており、徐々に音が増していく。やがて、人を急かすような接近メロディが流れる。

 ヘムカもプラットフォームへと移動すると、やってきたのは一両編成の列車だ。しかし、止まってもドアが開かない。

 樹の方を見ると、止まった車両の後方ドアの目の前に立つなり車両についているボタンを押す。すると気の抜けるようなメロディとともに後方ドアが開き樹が乗り込んでいく。ヘムカも乗り込み、乗車券を取ると列車は出発した。

 車内を見渡すと、乗っているのはヘムカたち二人の他数名。クロスシートといえど、その大部分は空いていた。

 ヘムカは、窓側に樹が座っている後方ドアから一番近いクロスシートの通路側へと座った。窓の方を見てみると、左右どちらにも盛土と草が見え何も見えない。それらの区間を抜けると、逆に鉄道レールが敷いてあるところが盛土になり左右どちらの光景も見え始めた。西には田畑とたまに聳える鉄塔。東側には住宅や商店がまばらに。けれども、再び田畑へと戻る。


「今更だけどさ、ここってどこなの?」


 一応ニュースを見ていたとはいえ、流し見であり碌に聞いてやいないのだ。


「ここは安積あさか県羽黒市。人口10万人程度の都市で、県西部の中心地だよ」


「ふーん」


 気になったから聞いたものの、聞いたところで特に何か思うわけでもなくヘムカは興味なさげな顔で受け流す。

 それよりも車窓から見える景色に何か面白いものがないか見るのに夢中だった。前世を経験しているといえども、元いた世界では見られないようなものが沢山あり逆カルチャーショックを体験しているのだ。普通の人には見慣れたビニールハウスのようなものでも、ヘムカにとっては興味深く思えてしまう。

 殺風景な駅をいくつも経過したところで、樹がヘムカの肩を軽く揺すった。


「そろそろつくよ」


 前方を見ると、そこには今までの平坦な駅が何だったのかと思わせるほどに複雑な駅が路線を跨いでいた。プラットフォームには、人が二桁以上いる。

 そのため、急にヘムカは自分のことが心配になった。今までにヘムカの格好を見たのは樹だけ。列車の運転手も見はしたが、停車する際に軽く見ただけでそれほど詳しくは見ていないはず。そして、列車の乗客に至っては皆こちらを見ようとはしていない。耳障りな接近メロディが無駄にヘムカの心を焦燥させる。


「大丈夫だから。堂々としてれば何も言われないって」


 少しだけ、ヘムカの心が楽になる。

 樹はヘムカに小銭を渡し、ヘムカはその小銭をきつく握りしめた。

 有人駅なので足早に列車を降りたヘムカたちは、改札口へと向かう。密集しているわけでもなく、人はまばらだったが緊張しておりヘムカが握っている乗車券は手汗ですっかり湿っていた。

 樹は先に改札口へと向かうと、改札口に置かれている箱に乗車券と小銭を入れる。精査することは行わないようで、駅員も散々言っているのか「ありがとうございやしたー」と言いやすい形に本人も知らぬ内に変化していた。

 ヘムカも恐る恐る改札口へと向かい、静かに箱に乗車券と小銭を入れる。


「ありがとうございやしたー」


 無事に気の抜けた駅員の声を聞くことができ、ヘムカは胸を撫で下ろした。


「大丈夫だった?」


 手で仰いでいるヘムカを見て、樹は声をかける。ただでさえパーカーを着ているのに、ずっと緊張していたのだからかなり暑く薄っすらと顔に汗が滲んでいた。


「うん、大丈夫」


 ただ列車に乗り降りしただけなのに冒険に行ってきたかのようだった。けれども、まだ買い物は始まったばかりである。


「じゃ、行こうか」


「うん」

 ヘムカは威勢のいい返事をして駅を出た。

安積鉄道は乗ったことがないので、近くにある第三セクター鉄道の様子を書きました。

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