【読み切り】何でもするから、どうか命だけは…〜ある悪役令嬢の婚約破棄後の日常〜 (ほのぼの)
「何でもするから、どうか命だけは…」
何も抵抗できず追いつめられていた私は、仕方なくそう言った。それを聞いた元婚約者は、嘲るように笑った。
「それなら、とびきりの『仕事』をやらせてやるよ」
そう言って笑った。
下卑た顔で。
あれから私は、来る日も来る日も…………
◇ ◇ ◇
煌びやかだった学園生活。
その最後を締めくくるパーティーの日、当時の婚約者に糾弾されて私の生活は大きく様変わりした。
他人の婚約者に色目を使ったアバズレを虐めたとの罪で婚約を破棄され、類が及ぶのを嫌った実家からは勘当され、ドレスも宝石も取り上げられた。
そして改めて、王宮に罪人として引き立てられた。婚約者だった王子の胸三寸で刑罰が決まる。そんな状況だった。
王子の隣に侍るアバズレがでっち上げた冤罪なのに。
誰も私の言葉など聞いてくれない。
頼れる人などいない。
王子は容赦のない人だ。最悪、死刑もあり得た。
だからこう言うしかなかった。
「何でもするから、どうか命だけは…」
それからは、今までとは全く違う暮らしが始まった。優雅なお茶会にも、煌びやかな夜会にも縁のない日々。
私に与えられた罰は………農民に混じって芋づくりをすること。
朝は日の出前の微かな光で起き、農民たちが口ずさむ歌とともに健康体操をする。もうすっかり覚えて歌えるようになってしまった陽気な歌で。
それから粗末な、けれど栄養満点で割と美味しい芋スープを食べて畑に出る。この地方特産の芋畑に。
ここでは何種類か芋を作っているけれど、今は黄色くて甘みの強いシュレルル芋の植え付けの時期だ。
お昼までの間に一度休憩があり、芋の蔓を煮出した疲れのとれる甘いお茶と、ふかした芋少々を食べ、おしゃべりに興じる。
昼まで働いたら、待ちに待ったお昼ごはんだ。
一日のうち、お昼にだけは肉が出る。
以前食べていた、脂だらけで噛まなくとも口の中で溶けてしまうような柔らかな肉ではない。硬くて噛めば噛むほど味の出る、歯と健康にとても良さそうな肉がたっぷり一切れ。
お昼ごはんの後は少しだけ休んで、それから畑に戻る。最近はこのハート型の葉が、可愛くてしょうがない。
「元気に育つのよ」と声をかけながら手際よく植えていく。
しばらく畑で働いたら、もう一度休憩がある。
休憩後、男衆は柵の修理をしたり農地を広げたり小屋を直したり農具の点検をしたりする。
女衆は皆で集まって、蔓でいろいろな細工物を作る。自分たちで使ったり、町で売って小銭に換えたりする為に。
私は元々、刺繍や編み物が得意で手先が器用だった。だから編み物の応用で、蔓カゴに花の模様を浮かせてみたら大好評で、教えてくれと頼まれて鼻が高かった。
でも皆、今までやろうと思わなかっただけで器用なので、どんどん素敵な模様や形を考えてくるから気が抜けない。
私ももっと色々工夫しないと。
工夫の一環で、ちょっと前に若いカップルにペアリングを作ってあげた。そしたら涙ながらに喜ばれた。えへへ。
夕暮れになれば仕事は終わりだ。
皆で、日が落ちきる前に夕飯を食べてさっさと眠りにつく。夜は明かりがもったいないから。
だから早めに就寝して、朝までたっぷりぐっすり眠るのだ。藁を敷きつめた、ふかふかのベッドで。
ここでの生活は、毎日たくさん働くから体型に気を使わずにお腹いっぱい食べられる。それに、足元をすくおうと虎視眈々と待ち構えているライバルもいないから、穏やかな気持ちでいられる。
ここでの小競り合いなんて、貴族の泥試合に比べたら可愛いものだ。
共同体としての機能が高いから、嫌々結婚しなくても生きていけるし、気に入った相手がいたら結婚すればいい。
たとえ子どもがいなくても、子どもは村全体で育てるものだから、他の人が産んだ子の世話をすれば寂しくないし肩身も狭くない。
だから適齢期がどうとか焦る必要もない。
そんな訳で、私は今日も何の不安も悩みもなく健やかな眠りにつく。
明日もいい日でありますように
そう願って。