夢を喰う、喰わない――選択
薄暗い闇の中、そこは同じ診察室だった。
マナカと同じ顔をした女性――イツカが、傍若無人に机にかけていた。
「ほんとうに……ずいぶん私に似てきたものね」
そばにはマナカが転がっている。闇の中から浮かび上がった狼深は、興味ありげに、マナカの身体をつつきながら、イツカを見つめた。
「狼深」
「イツカ様……、」
「大丈夫。心配はいらないわ」
マナカがすこし動いた。
死んではいない。死ぬはずがない、私がまだいるのだもの。
殺すつもりもない。代わりになってくれるなら。
イツカはそう独り言ちながら、マナカの起きるのを待った。それくらいの余裕はあった。
すう、と、マナカが目を開ける。横になったまま、彼女はつぶやいた。
「…………ここは?」
頭が重い。わたしは誰で、いまどこにいる?
「あなたが一番よく知ってるでしょ」
冷たい声に反応するように、マナカは重い身体を起こした。あたりを見回すが、覚えのない風景が広がっている。思い出せないだけ、なのかも、しれなかった。
「知らない……」
「あなたはいつもそうね。自分のことはどうだっていい。自分のことに背を向け続けて……」
イツカはそう言いながら、マナカの白衣をめくって、肩口から腕を露出させた。
マナカの露出した腕には、全体に、血にまみれて広がるジンマシンがあった。
「もちろんそのおかげで、いま、私がここにいるけれど」
広がるだけ広がって収拾のつかなくなった傷を一瞥して、イツカは離れる。
マナカは無意識に白衣を着直した。また、腕を掻く。
そのとき、ぼう、と光が浮かんで、気を失ったままの楠丸が現れた。
「! ……く……、え、えっと……」
知っている。この子を知っている。けれど、呼ぶべき名前が思い出せない。
「大切な子なんじゃないの? 名前も呼んでもらえないのね。かわいそう」
狼深が一度、楠丸を踏んづけて、一気に蹴り飛ばす。楠丸の身体は派手に転がった。
「痛だだだッ!!」
楠丸は衝撃で目を覚ました。
マナカは近寄って、なにか声をかけようとしたが、
「――――、」
言葉が出なかった。もっと言うなら、身体が動かなかった。
楠丸は起き上がって、あたりを見回した。見慣れた顔がそこにあって、状況はともかく彼はうれしくなった。
「マナカ! 来てくれたんスね!」
しかし目の前のマナカは戸惑うばかりだった。名前も思い出せない、身体も動かない、こんな状況で――彼に近づくことはできなかった。
「マナカ?」
「マナカは私よ」
イツカがすかさず名乗った。すこしの間が生まれる。
しかし楠丸はなおもマナカのほうに呼びかけた。
「マナカ!」
「私」
イツカは間を与えずに、自分がマナカであるというアピールを続けた。
いい加減にいらいらとした楠丸は、イツカにはっきりと向かった。
「ちょっと黙っててくんないっスかねえ、マナカはこっちの、…………アレ?」
彼はうずくまるマナカと、勝ち誇ったように立つイツカを交互に見ながら、
「あっれェ!? マナカがふたりいる……!?」
どうやら本気で悩んでいるようだった。
「ふたりじゃないわ、私がマナカよ」
「じゃこっちのマナカは?」
イツカはなおも勝ち誇ったように――言った。
「こっちはマナカじゃないわ。【イツカ】よ」
「えっ…………」
「え、イヤイヤイヤイヤ。なんでなんで。ふたりいるならふたりともマナカでいいじゃないっスか」
勝ち誇るイツカと、戸惑うマナカと、能天気な楠丸。狼深は呆れてつぶやいた。
「やっぱりただのお馬鹿さんかこいつは」
「マナカはふたりいらないわ」
「俺はふたりでも全然いいっスけどね」
狼深は本気で訳がわからなくなる。
「お前はなにを言ってるんだ……」
「違うっスか? 俺にとっちゃどっちもマナカっスよ」
「え……」
「馬鹿言わないで、私は私、ひとりしかいないに決まってるじゃない」
「だって、どっちも、マナカじゃないっスか」
あくまで能天気なことを言う楠丸に、狼深がついにキレた。
「違うと言ってるだろうが!」
だが、楠丸はあくまで冷静だった。
「違わないっス。俺がどんだけマナカの夢、喰ってきたと思ってるんスか。どっちかがリアルのマナカ、どっちかが、夢の中のマナカっス」
納得したのか、していないのか、イツカは「そう」とだけつぶやく。
マナカが自分のためにと動くことはほとんどない。必ず、いつも、誰かのためにと動いている。だが、それが高じると、自分の欲求を押さえたぶん、マナカは夢の中で自らのコピーを作る――
「破壊と破滅の大好きなコピーをね。だからマナカの悪夢はなかなか減らないんス。まァそこが面白いし美味いんスけどね」
マナカは覚えがあるように「あ……」とつぶやいた。
「マナカ、最近、患者さん優先で、夢、全然喰わしてくれなかったから、心配してたんスけど。――いつの間にか成長してたんスねぇ。コピーが」
コピーが成長するっていうのも、なかなか、ないことっスけど――楠丸は言って、ストローを片手に構えた。
「そうよ、成長してたの。だから、喰ってもらわないとね」
「……そうっスねェ」
ひどく言いにくそうに楠丸は同調して、腹を押さえる。入るのかどうかすらわからないこの状況で、コピーを喰えるのか……?
イツカがマナカを指しながら、迷惑そうに言った。
「じゃないと、これ、どんどん、育つわ」
「さあ、喰え」
狼深が、マナカを無理やり楠丸の前に引きずりだす。




