夢持つ、その患者
受付に座っていた楠丸は、入り口の扉が開いたその瞬間に、全身が総毛立つのを感じた。入ってきたのは女性だったが、見えない何かが、普通と違っていた。
「初診、です……」
「……ご、予約の、患者さんっスね?」
「ええ」
彼の精霊としての本能が言っていた。コイツはヤバいものを持っている。マナカが危ない。マナカのもとに行かせてはいけない。
だが、動けなかった。こんな感覚はもう何年ぶりだろう。力と気持ちをしっかり持っていないと、姿そのものが消えてしまいそうだった。ひとの姿を保つのが難しいと思うほど、彼はいまぞわぞわと落ち着かない、激しい動揺に見舞われていた。
患者が診察室に消えてしまうと、彼は一気に脱力した。人間だったらきっと冷や汗を大量にかいているのだろう。身体に力が入らない。
「マナカ……!」
そのマナカは診察室で当の患者と対峙していた。
「今日はどうされました?」
「胸が苦しくてたまらないんです」
うつむき加減に座るその患者の表情が、どうしても読み取れない。
「胸がね……。締めつけられる感じですか?」
「夢をね、見るんですよ」
何の脈絡もなく発せられたその言葉に、マナカは一瞬、ギクッとする。夢についての相談も請け負っているわけだし、身体に影響が出ているのだと考えれば、何を恐れることもないはずなのだが、このときばかりは、いままでとは違う気配を感じた。
「すごく幸せな夢を。……腹立つくらいにね。そうして、胸が痛くなる」
そのときようやく、楠丸がよろよろと診察室の陰に姿を見せた。
マナカは楠丸の姿に気がついたが、そこからも異様な気配を感じて、動揺した。
「――わかりました……お薬出しますね。一錠飲んで、今夜は眠ってください」
やっとそれだけ言ってしまうと、マナカは本能から、患者を見ないようにして、カルテに書きこみをはじめた。
「ありがとう、ございます」
うつむき加減だった患者は、そのとき初めて顔を上げた。
薄く笑うその顔を、マナカは一瞬だけ、見てしまった。
「…………!!」
息をのむ。
楠丸はとにかく薬を渡しに、受付へ戻っていったが、マナカは落ち着かなかった。
あの表情は記憶にある。違う。記憶にあるなんてもんじゃない。
わからない。あれは、なに? なぜここにいるの?
楠丸が受付から、飛ぶようにして戻ってくる。彼自身はすっかり落ち着いているとみえたが、それでも、未だ隠せない動揺があることはマナカも感じていた。
「マナカ!」
「――楠丸」
「さっきの患者さん……ものすごい【夢】、持ってるっスよアレ」
答えはひとつしかないことを知っていて、マナカは聞く。
「……わたしのよりも?」
「やー、同じくらいかなあ。でも、マナカとはベクトルが違ってるっス」
同じくらい。それはそうだろうとマナカは思う。また、腕を掻く。
「あんた……あの患者さんの、顔、見なかった?」
「え……?」
「見てないならいいの。彼女の夢、喰べられそう?」
「どうかなあ……あれだけのもんだと、一晩じゃ難しいかもっス」
「薬は三日分くらい出してるんでしょう?」
「もち」
ならいいわ、マナカはそう言って、楠丸の背中を叩く。
「きょうはもうお休みにしましょ、予約の患者さんもいないみたいだし」
マナカがこういうことを言い出すのは珍しい。楠丸は喜んで【本日休診】の札を出してきた。
「あの、じゃ、マナカ、そろそろ……」
「わかってる。でも先にあの患者さんね」
「うー」
マナカの優しい声に、楠丸は札を抱えたまま、うれしいような、困ったような、複雑な顔をするのだった。




