表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

夢の世界は、続いていく

「マナカ」

「…………」

「マナカ! 起きて……」

 楠丸に揺さぶられて、マナカはゆっくりと目を覚ました。診察室の机の上に突っ伏していることに、そのとき初めて気がつく。頭はまだぼんやりとしていたが、空気の感じ、薬品の匂いが、現実に戻ってきたことを如実に伝えていた。

「…………楠丸?」

「はいっス」

「……ねぇ?」

 まだ覚めきらない頭ではあったが、疑問だけははっきりとしていた。

「何スか?」

「なんであんた、まだいるの?」

「ヒドくないっスかソレ!」

 楠丸は思わずむくれる。

 マナカは慌てて立ち上がった。

「ごめん。でも、だって、こっちの世界に戻ってきてるのよ」

 気がつけば、あれだけ掻き毟ってひどかったジンマシンも、すっかり落ち着いている。ということは、マナカ自身の悪夢は消えたのかもしれない。そして、イツカと狼深も。そうなれば、楠丸にとって……

「俺がいる理由はない、そういうことっスか」

「……そう思った」

 ばつが悪そうにマナカは言った。一番喰いたがっていたマナカの悪夢がなくなったのなら、別の悪夢で満足するならともかく、頭を下げてまで喰わせてくれと願い出た楠丸が、それで満足するわけがない。

 楠丸はひとつ大きく呼吸をすると、照れくさそうに、言った。

「……別に、マナカの夢、喰うためだけに、ここにいるわけじゃないっスよ。俺は」

「――――え?」

「俺は、俺がここにいたいから、マナカのそばにいるんス。マナカはどうなんスか」

「どうって」

「マナカの悪夢は、消えた、かもしれないわけっスよ? マナカがここで、仕事続ける理由なんてないじゃないっスか」

 それは、と、マナカは言った。あれだけタチの悪かった悪夢だ、簡単に消えてしまったとは思わなかったし、思いたくもなかった。

「……だから、もしかしたらまた……」

「でしょ」

「イツカは言った……」

 マナカは思い出す。あのとき、世界が回る直前にイツカが言ったこと。


『いつだって、私はあなたのそばにいる。自分の中の闇に勝てなくなったら、』


「そのとき、私がマナカになる――」

 その言葉は楠丸も聞いていた。だから彼自身も、「かも」、とは言いつつ、マナカの悪夢が完全に消えたとは思っていなかった。

「イツカは……消えてない。消えない、絶対に。そう言ったもの。だから……」

「それでいいんじゃないっスかねえ」

「楠丸」

「俺は――マナカのご命令とあらば、誰の夢でも喰いに行くっスよ。アイツ……狼深だって、消えてないっスもんねぇ、たぶん」

 ふたりはそれぞれに思いを馳せる。きっとこれからも終わらない、夢の続き。

「必ずまた、会うわ。――逢える」

「どっかの、夢の中で、スね」

 楠丸は机に腰かけた。マナカも、椅子に腰かけて、ふたりは背中合わせのようになった。

「覚悟なさいね、楠丸」

 マナカがぽつとつぶやく。

「何スか」

「一生、喰べさせてあげる。ずっと、ずうっと、遠い未来で、わたしがここからいなくなるまで」

 その言葉に、楠丸は口の端を上げた。

「望むところっスよ。俺……長生きっスからね。どんだけもたれても、たくさん喰って、マナカと一緒にいるっス」

「ついておいで、楠丸」

「はいっス」

 マナカは立ち上がって、楠丸の背中を叩く。

「――さあ! 病院開けるわよ!」

 楠丸も、元気に答えた。

「はいっス!!」

 受付のほうへ、楠丸は駆けた。

 マナカはそれを見送ってから、診察室の準備を始める。着ていた白衣を整えたとき――背中で、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた、気がした。

 マナカは思わず振り返る。しかし、誰もいない。

 彼女は白衣をひるがえした。


 どこかの夢の中で――逢うであろう、彼女(イツカ)に向けたその笑みをたたえたまま。



 ――了――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ