①アベリアの改心・8
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宮殿を出ると、我が屋敷の馬車が闇夜の中にポツンと佇んでいた。馬車の中からはマルクが飛び出して駆け寄ってくる。
「姉上……!もう会えないかと心配しました……!!」
私に抱きつくマルクの顔は、身長差的に私の胸の部分に来る。マルクは私の胸に顔をうずめると、目を閉じながら頬ずりをした。ああ、もう、いつものこれが始まった。私はマルクの顔を胸から引き離そうとした。
「ちょっと、やめてよ!!わざとやってるでしょ!!」
マルクは男子の平均身長よりチビではあるが、力は年々強くなっている。1年くらい前までは簡単に離せたのに、ここ最近は力いっぱい抵抗してもなかなか離すことが出来ない。
不意にマルクの顔が胸から離れた。私専属の護衛騎士になったジャン・テイラーがマルクの襟首をつかみ、引き離してくれたのだ。
「なんだ、おまえ!僕に気安く触るな!!」
両手を振り回すマルクに、ガタイのいいテイラー卿はビクともせず、マルクの襟首をつかんだまま、馬車の中に放り込んだ。
「私は今日から公爵令嬢の専属護衛騎士となった。令嬢になにかあれば、私が黙っていない」
「専属護衛騎士……?」
眉を寄せたマルクは、しばし何か考えると、そのまま大人しくなった。馬車が走り始めると、馬車の窓越しに馬を走らせるテイラー卿に聞こえないように小声で話し始めた。
「姉上が握ってた小瓶が放った光の力って何?」
「小瓶見たんだ。光の力は私にもよく分からなくて。あの小瓶も消えちゃったし」
「皇帝には何て答えたの?」
「陛下は神力って言ってた。でも、違うかもだし、よく分かんない」
マルクは小さく吐息をついた。
「やっぱりな。あれだけの力、神力しかないよ。神力は最も高貴な力で再生と繁栄をもたらす。皇帝は姉上を国に縛り付けて利用するつもりだよ。婚約者候補の辞退も反対されたでしょ?」
そうか。だから辞退を聞き入れてもらえなかったんだ。マルクの解説でようやく腑に落ちた。
「今度、皇太子が話し合いに来ることになった」
「辞退してこなかったの?」
「出来なかったのよ。でもどの道、皇后になるのはセラード令嬢よ」
「側室があるでしょ。そうなったら今日みたいにイチャつく2人の傍らに置かれて一生利用されるよ」
「え?!ヤダ、そんなの!!」
「そうじゃなくても、すでに専属護衛騎士という名の監視が付いたからね」
「え!?監視なの?」
「監視でしょ。ていうか、姉上昨日から何か変だよ。今日もパーティー会場で何言われても大人しかったし、皇帝にも自分の要求通さずに帰って来ちゃうし、さっきだって、姉上の胸に頬ずりしても僕を殴らなかったし。どうしちゃったの?」
「……そういうのは止めたのよ。大人になったの!いいでしょ、別に」
マルクは私をじっと見つめると「へぇ~」と小刻みに頷きながら薄笑いを浮かべた。
「じゃぁ、こんなことしても、殴られることはないんだね」
そう言いながらマルクは私の唇に唇を重ねた。
柔らかくて温かい感触に思わず全力で平手打ちをすると、マルクの身体は吹き飛んで馬車のドアにぶつかり、鼻血を吹いた。
「ファーストキスだったのに、なにすんのよ!!!」
「殴らないんじゃなかったの?」
「姉弟でキスとかあり得ないんだけど!!!」
「いいじゃん、別に。近親婚が認められている国もあるんだし。でも、まぁ、やっぱり姉上はそれくらい強気のほうがいいですよ。次、皇太子が来たときは、その勢いで婚約者候補を辞退してください。じゃないと、姉上の未来は無いですから」
優しさが見え隠れするその言葉に我に返った私は、鼻血を手で押さえるマルクに心が痛んだ。よく考えたら、姉弟だからキスの回数には入らないのに、ついムキになってしまった。
「ごめん……」
後ろめたい気持ちになりながらハンカチを差し出した。
マルクはハンカチを受け取りながら鼻声でしゃべった。
「二重人格ですか?飴とムチですか?豹変ぶりに戸惑ってますよ。僕は気の強い姉上が大好きなんです。謝らなくてもいいので、僕をもっとなじってください」
何故か恍惚とした表情をしていたマルクは、息を荒げながら再び私に顔を近づけた。またキスをする気じゃ……!?私は両手でマルクのアゴを押して離れようとした。
「なにそれ?訳わかんない。まぁ……とにかく、アドバイスはありがとう」
「……ええ、これくらいは……姉上の未来がかかってますからね」
私に押し返されながらハンカチで鼻血を拭くマルクの耳は赤くなっていた。
マルクは裏表があってイマイチ分からないけど、何だかんだで私のことを想ってくれているのかも知れない。そんな気がした夜だった。