①アベリアの改心・7
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婚約者候補のお披露目パーティーは中断され、私は謁見の間に通されていた。
階段上に置かれた玉座に腰掛けた皇帝陛下が、お辞儀をする私に向けて張った声を出した。
「おもてを上げよ」
頭を上げ、目を合わせる私に、皇帝は問いかけた。
「さきほどの襲撃において、シャルクピア帝国は侵略されているところであった。しかし、そなたが放った光により、私の命はよみがえり、皇太子の傷も癒えた。それだけではなく、その場にいた全ての者たちを救い、敵兵を卒倒させ捕らえるに至った。そなたが放った光は神力か?」
生唾を呑んだ。
正直、自分にもよく分からない上に下手なことは言えない。
「実は、わたくしにもよく分からないのでございます」
「……今までにそなたが命を落とすようなことは無かったか?」
病気で1度死んだときのとこが脳裏を過ぎった。
「……昨日、病にて、1度命を落としております……」
「ふむ……今日のような力はそれまでは無かったのであろう……?」
「はい……」
「やはり神力だな……」
神力……?私が……?
神力、霊力、魔力、それらの能力自体を使う者が少ないため、自分とは関係のない世界のものだと思っていた。しかも神力って、よく分からないけど、たしか、すごく重宝がられる力だって、昔どこかで聞いたことがある。
皇帝はしばし顎髭をなでた後、再度口を開いた。
「ともあれ、そなたは帝国を救った。褒美をつかわそう。何でも望みを言うてみろ」
一瞬迷ったが、帝国を救った褒美なのだから、無理難題を言っても良いだろうと思った。
「ラントス大公の身柄をわたくしに任せて頂きたく存じます」
謁見の間が静まり返り、緊迫した空気が流れた。
無謀な願いだということは分かっている。
皇帝は「ふむ」と困ったような声を出した。
「……大公はたった今襲撃を起こしたエメランタ帝国の皇族である故に人質として捕らえている。なにゆえそう望む?理由を述べよ」
「大公は襲撃のさい、わたくしを助けるためにエメランタ帝国の兵と戦ってくれました。それどころか、兵たちは、自国の大公である彼に刃を向けておりました。大公は今回の襲撃を知らなかったどころか、命を狙われていた可能性がございます。命がけで守ってくださった方を守りたいと思うことは当然のことにございます」
「ふむ、なるほど……しかし、そなたは皇太子の婚約者候補。男と一緒に暮らすことを認めることは出来ん」
冗談じゃなかった。もはや『皇太子の婚約者候補』という肩書きは、私の人生にとって邪魔な存在に成り下がっていた。
それに取って代わり、ライリーは今や、私のリアルの世界の愛の劇場となっていた。ファラニスとの心の中の愛の劇場は終わったのだ。
私は心の中の愛の劇場に終止符を打つことにした。
「その件に関しましては、婚約者候補を辞退したく存じます。本来ならば貴族から絶大な人気を誇るセラード侯爵令嬢のみが婚約者候補であったはずです。なのに、わたくしがワガママを言ったがために、混乱を招いてしまいました。大変申し訳ございません」
皇帝陛下は探るような目つきで私を見た。
「……侯爵令嬢は確かに人気が高いが、人気ならば、そなたも今回の件で上がったはずだ。辞退する必要はない」
「皇太子殿下も侯爵令嬢を寵愛しております。愛し合う2人の間をこれ以上邪魔したくはございません」
「寵愛している……?そんなこと、誰が申した?」
「誰もが申しております。本日のお披露目パーティーでも、皇太子殿下はわたくしには目もくれず、セラード令嬢のみをエスコートし、セラード令嬢のみとダンスを踊っておりました。これを寵愛と言わず何と言うのでしょう?」
「ふむ……そんなことを気にしておったのか」
この言葉に、はらわたが煮えくりかえった。
そんなこと?そんなことで済まされることでは無い。私を笑いものにし、傷つけ、おとしめた行為である。
深呼吸をし、冷静になるように務めた。
「……はい……わたくしめはまだ若くて未熟故に、受け流すことができません。これ以上婚約者候補としていることが辛くて仕方がないのです。どうか、婚約者候補の辞退をご了承いただきたく存じます」
皇帝は玉座に深くもたれた格好で、肘掛けを人差し指でトントンと叩き始めた。なんだろう?怒っているようにも見えるんだけど……。
皇帝は人差し指を止めると、玉座に深くかけていた身体を前に傾けた。
「婚約者候補の辞退は、当事者である皇太子と話し合って決めればよかろう。後日、そなたの元に皇太子をつかわそう。大公のことは心配せずとも客室にてもてなしておる。収容所の兵たちとは扱いが全く違う故に安心するがよい」
「え……?」
それは、すなわち、私の願いは一切聞き入れられないということだった。ライリーは本当に無事なのだろうか。
呆然とする私を尻目に皇帝は続けた。
「それ以外に望みが無いのであれば、帝国で1番高価な宝石で作ったアクセサリーを一式贈ろう。あと、褒美とは別に、そなた専属の護衛騎士を付けることとする」
「は……?護衛騎士……??光栄ではございますが……」
「遠慮することはない。そなたは私の命の恩人なのだから」
騎士なら我が家にもちゃんと居る。私専属の護衛騎士などハッキリ言っていらない。しかしこれ以上皇帝の言葉を拒むことは無礼に当たる。
「ありがとうございます。身に余る厚意でございます」
心にもないことを言いながら、私は深く頭を下げた。