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性悪公女アベリアの改心  作者: 茨野美智花
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①アベリアの改心・5

●○●5●○●


 やがてオーケストラがワルツを演奏し始めた。ファーストダンスの時間になったのだ。

 ファラニスとダチュラは当前のようにファーストダンスを踊り始めた。みじめな気持ちでどうにかなりそうだ。せめて一緒にファーストダンスを踊ってくれる人がいれば、少しは楽になるのだが、男性陣は皆、腫れ物に触るように私を避けていた。


 絶望の心音は今も止むこと無く私の体内で鳴り響いている。


 不意に私の前に金髪の男性が立った。鼻筋の通った端正な顔立ちである。誰だろう?

 嫌われ者で有名な私ではあるが、社交界はファラニスが居るときにしか顔を出さなかったから、知らない人のほうが多い。彼は私に一礼をすると、右手を差し出した。

「私とファーストダンスを踊っていただけませんか?」


 優しい目をした彼が戸惑う私に微笑むと、私を支配していた、みじめな気持ちがほんの少し和らいだ。


 ああ、同情してくれたんだ……


 それは、この会場内において唯一の光に見えた。私は引き寄せられるように彼の手の上に右手を重ねた。

 そのとき、マルクがずっと握っていた私の左手を更に強く握り、ダンスを踊りに行こうとする私を引き留めるような仕草をした。

 驚いて振り向くと、マルクは()わった目で私を見ている。こんな表情のマルクを見るのは初めてだ。


「マルク、放して。すぐに戻ってくるから」

 私がそう言うと、マルクはふくれっ面になり、視線をななめ下に落とした後、しぶしぶ私の手を放した。


 マルクのエスコートを恥ずかしがったことを、まだ怒ってるのかな?


 マルクを気にしながらも、金髪の男性に会場の中心までエスコートを受け、ダンスを始めた。


 男性と踊るのは生まれて初めてである。緊張していると、金髪の男性は人懐っこい笑顔で話しかけてきた。

「実は初対面の女性に声をかけるのは初めてで緊張しました。断られたらどうしようかと」


 意外なことを言う男性に、思わず顔を上げた。

「そんな風には見えませんでした。とてもスマートだったので。実は私も男性と踊るのは初めてで緊張してます」

「では、社交界デビューしてからまだ間もないのですか?」

「2年です。ずっとダンスには興味なかったので……」


 いつもファラニスの追っかけで忙しかったし、たまにダンスの申し込みをしてくれる男性がいても、汚らわしいと思っていた私は、怒鳴り散らしながら全て断っていた。今となっては黒歴史である。


 それにしても、彼は不思議だ。初対面なのに妙な安心感と親近感がある。


「じゃぁ、僕がダンスの申し込みに成功した初めての男ですね。光栄です」

 眉がしらを上げて微笑む彼に、私の頬も思わずゆるんだ。彼は続けて話した。

「2年前に社交界デビューということは、今は16歳ですか?」

「はい。そうです」

「僕も16です。申し遅れましたが、ライリー・レイル・テル・ラントスと申します」

「え……?」

 一瞬耳を疑った。


 テルは、我が帝国と同盟関係にある帝国、エメランタの古代語で皇弟という意味。ラントスは、エメランタにおいて、代々皇族の血を引く者が治める領地名だ。よって、テル・ラントスを名に持つ者はエメランタ皇帝の弟になる。

 ライリー皇子……半年前に彼の父であった皇帝が崩御し、ひとまわり歳の離れた兄が皇帝に即位した。今は皇弟で大公……彼のこと、聞いたことがある。

 

「……大公殿下が何故、婚約者候補のお披露目パーティーに……?」

 皇太子の結婚式なら他国の皇族を呼ぶのは分かるけど、婚約者候補のお披露目パーティーなど、内々の行事であり、普通、他国の皇族を呼ぶことは無い。


「別件でこちらに来ていたのですが、陛下に参加していくことを勧められまして……あなたの名を伺ってもよろしいですか……?」


 私はハッとした。皇族に名乗ってもらいながら自分の名を明かさないのは無礼である。


「失礼いたしました。アベリア・コルシティンと申します」

「素敵な名前ですね。……僕たち、昔会ったことは……」私の顔を探るように見つめた彼は「……ないですよね」と苦笑いをした。話を切り替えるように続けて言った。

「ファーストネームでお呼びしてもよろしいですか?」


 ファーストネームは親しい間でのみ呼び合うものである。会ってすぐに呼び合うのは稀であるが、なんだかこそばゆくて嬉しくなった。


「あ、はい……どのようにお呼び頂いても結構です……」

「ならば、アベリア令嬢、僕のこともライリーと呼んでください」

「はい。ライリー殿下」


 彼と話していると、ファラニスに失恋した痛みがみるみると和らいでゆく。残酷だったはずのパーティー会場が、ライリーただ1人の存在で、キラキラと輝いた場所へと変わっていた。こんなに優しくて素敵な男性は生まれて初めてである。というより、同世代の男性とまともに喋ったのも、触れたのも、初めてなのだ。


 柔らかなハニーブロンドの髪と、青い瞳のライリーの白い肌に、会場の照明が淡く溶け込んでゆく。


 ライリーと触れている箇所には熱が帯び始め、高鳴る鼓動が恥じらいを覚え始めたとき、演奏は終盤へとさしかかった。

 ライリーともっと踊っていたい。その想いとは裏腹に演奏は終わってしまった。

 

 ダンスを踊り終えた私とライリーは、向かい合ってお辞儀をした。


 そのとき、大きな爆音と共に地面が揺れ、宮殿の壁が吹き飛んだ。悲鳴と叫び声で会場は混乱し、ガラス片やコンクリート片が爆風に紛れ、人々の肌を鋭く切りつけた。


「何……?!」

 驚く私をかばうように抱きしめたライリーはつぶやいた。

「あの軍服は……まさかもう兄上が……??!」


 兄上……?ライリーの兄上はエメランタ帝国の皇帝……まさか、同盟を結んでいる我が帝国に戦争をしかけてきたってことなの……?!


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