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性悪公女アベリアの改心  作者: 茨野美智花
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①アベリアの改心・4

●○●4●○●


 翌日、晩夏(ばんか)涼風(りょうふう)(ほほ)をなで、夜闇(よやみ)幾重(いくえ)もの馬車の(あか)りでにぎわった。

 山の頂上にそびえ立つ宮廷には人々の笑い声が響き、クラシックの生演奏がパーティ会場に華を添えた。

 

 私はまだ子どもである弟のエスコートで馬車から宮殿に歩を進めていた。

 こちらを見る人々がクスクスと笑う。


「ゲドトフ卿のエスコートのはずだったのに、なんでマルクしか馬車に乗っていなかったのよ!?護衛騎士は全員どこ行ったの!?」

 恥ずかしくて死にそうな私はキョロキョロとしながら護衛騎士を探した。

 

 マルクが心なしか上機嫌に答えた。

「父上と母上が乗った馬車の護衛に付いたよ。僕がそうするように言ったんだ。姉上には僕がいるから大丈夫だよ」

「え?!なんでよ?困る!!マルクはまだエスコート出来る年齢じゃないじゃない!!」


 マルクはポカンとした表情で私を見つめた後、フッと鼻で笑い、意地悪な笑顔を浮かべた。

「子どものエスコートだから恥ずかしいって?逆に微笑ましいと思うよ?どうせ姉上は敵意のまとなんだから」

 そう言い終えるとマルクの歩みが早くなり、エスコートが荒くなった。ああ、機嫌を損ねたのか……。怒りたいのは私のほうだよ。


 よほど私が嫌いなのか、それともイタズラの限度を知らないのか、マルクはたまにこういうことをしては私に恥をかかせた。

 しかし、よりによってこんな大事な日にまでこんなことをするなんて、ヒドいにも程がある。

 

 会場に足を踏み入れた私はさらに沢山の注目と冷笑を浴びた。

「見て!性悪アベリア、子どもにエスコートされてる!」

「全ての殿方にエスコート断られたんじゃない?」

「いくら弟でもアベリアのエスコートなんて可哀想」

「皇太子妃の座を狙うなんて、身のほど知らずもいいところよ」


 令嬢たちの悪口が私の心を切り刻んでゆく。


 以前まで、ファラニスに気がある令嬢は全て敵と見なしていた私は、ファラニスに話しかける令嬢たちを片っ端から引っぱたいてきた。

 そんなことをして来たのだから、令嬢たちに悪口を言われるのは自業自得なのだ。


 以前の私なら、言い返して殴り合いの喧嘩をしただろうけど、今日は聞こえないフリをして、やり過ごした。許してはもらえないだろうけど、彼女たちにいつか謝罪しなくてはならない。


 会場の真ん中で立ち止まったマルクは、大げさにかしずくと、私の手の甲にキスをした。その姿に、多くの婦人たちは母性をくすぐられたのか「あらまぁ」「かわいいわね」などと声をあげ、冷笑は微笑に変わっていった。


「姉上!ファーストダンスは僕と踊ってください!」

 これまたわざとらしく猫なで声で言うマルクに、婦人たちはすっかり和み、笑いが広がった。あざといのはマルクの得意技である。


「マルク、あなたはまだ11歳で社交界デビューしてないでしょ?ダンスは14歳になってからよ」

「どうしてですか……?いつも家では一緒に踊ってくれるではありませんか……」


 瞳を潤ませながら私を見上げるマルクの表情を探るように見つめた。

 たしかにマルクはよく私にダンスの練習をせがんだが、相手にしていなかったから、マルクと家でダンスなんて踊ったことは1度も無い。


 マルクの罠にまんまと引っかかったご婦人たちは「あら」「まぁ」「仲がいいのね」などとうれしそうに喋っていた。


 そのとき、拡声器の音がキーンと響き、会場のざわめきがやや収まった。

『皇帝陛下、並びに皇太子殿下のご入場でございます』


 その場にいる全ての人たちは中央にある大階段に注目をした。

 私は久しぶりに会えるファラニスに心ときめかせて大階段の上にある立派な扉を凝視(ぎょうし)した。


 蝶つがいが悲鳴をあげ終えると、開いた扉からは、白ジャケットの正装に身を包んだファラニスの姿が現れた。私の心臓は大きく波打ち、全身に鳥肌が立った。

 漆黒(しっこく)の艶やかな髪と緑がかった茶色い瞳が、白い肌と服に()え、今日はいつにも増して美しい。


 しかし、その隣には寄り添う女性がいた。もう一人の婚約者候補、ダチュラ・セラード侯爵令嬢である。

 彼女が身にまとう薄いベージュのドレスは白色にも見え、ウェディングドレスのようでもあった。そして、皇族の白い正装と並ぶことで、誰もが結婚式を連想した。

 

 ダチュラはファラニスの腕に手を絡めている。大階段を下りてくる2人に皆、拍手を送った。


 冷たい電撃が私の五臓六腑を駆け抜けた。

 ときめきで鳴っていた心音は、ショックと絶望の心音に変わり、固まって動けなくなった身体をわずかに揺らしている。

 

 背後からはクスクスと笑い声が聞こえた。

「これじゃぁ、婚約者候補の顔見せじゃなくて、婚約者の顔見せじゃない」

「アベリアは用無しってことよ。いい気味よね」

 楽しそうに会話する令嬢たちに交ざり、吐息混じりに「日頃の行いが悪いからこういう目に合うのよ」と、あきれたような声を出したのは、私と1番ハードな殴り合いを繰り広げてきたジェニー・テイラー(18歳)だった。


 指先が冷たくなった私の手をマルクは強く握ると、私にしか聞こえないような小さな声でつぶやいた。

「こんなことするくらいなら最初から断ればいいのに。あの男も根性悪いよな」


 この言葉に私はハッとした。


 そうだ。これは誰がどう見ても、ダチュラとファラニスが私を公開処刑にしているんだ。ダチュラはライバル関係だから私にひどくしてもまだ納得がいく。けれども、ファラニスまでもがどうして?いつも私に冷たかったけど、それは誰に対しても同じだった。こんな仕打ちをするほど嫌われていたってこと?


 5歳から11年間、どんな辛いことがあっても、ファラニスとの心の中の愛の劇場を()(どころ)にして生きてきた。

 ファラニスは私の人生の唯一の希望であり支えであり、夢だったのだ。ずっと想い続けてきたファラニスに傷つけられ、心臓をえぐられたような痛みを覚えた。

 

 ここまで嫌われていたのに、気付かずに婚約者候補に名乗りを上げるなんて、大馬鹿者だ。どれだけ身のほど知らずだと言われても、ファラニスに愛されることが出来れば結婚出来ると信じていた。だけど、そのファラニス本人に嫌われていたのだから。


 あふれ出そうな涙をこらえた。泣いたら負けだ。


 ダチュラとファラニスに向けられる祝福の声と拍手が、残酷に会場を支配していた。


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