6:救いの手(6)
「うう……不便だから、早く元に戻りたいんだけどなあ」
アリエッタが項垂れながら零すと、リュカが人形からアリエッタへと視線を移した。
「全く縁のない国相手だったら情報を引き出すのは難しいだろうね。でも、それなら縁を結んでしまえば良いんだよ。そこは、隊長がなんとかしてくれる」
「なんとかって……どうやって?」
隊長はセレスティアル王国の人間だ。他国に縁があるなんて、聞いたこともない。どんな伝手があるというのか。
胡乱げな視線をリュカに送る。リュカはその視線を受け止めても平然としていた。むしろ、不敵に笑っているくらいである。その余裕な表情に、少し苛立ってしまう。
今度の人形にかかる費用、出し渋ってやろうか。
意地悪なことを考えていると、医務室の扉が勢いよく開いて、誰かが入ってきた。振り返ってみると、そこには隊長が立っていた。噂をすれば、というやつである。
「アリエッタ、ここにいたのか。ちょうど良かった。出張が決まったぞ!」
「はい?」
出張とは何のことだろうか。さっぱり訳の分からない展開に首を傾げる。隊長はそんなアリエッタを気にもせず、嬉しそうに言葉を続ける。
「最近は他国にも魔獣の被害が広がっているというからな。思ったよりもあっさり話が通った」
「へえ。で、どこ? ジーク皇国? メイフローリア王国?」
「ジーク皇国だ。第一皇子が乗り気になってくれたらしい」
アリエッタはますます訳が分からなくなって、隊長とリュカの話を思わず遮ってしまう。
「ちょっと待って! どういうことなのか、説明して下さい!」
隊長がアリエッタを見て、不敵な笑みを浮かべる。
先程のリュカと同じような表情に、アリエッタは微妙な気持ちになってしまう。
「アリエッタを元に戻すためには、魔法に詳しい協力者が必要だ。だが、この国にいたらそんな協力者なんて見つからないだろう。だから、この国を出て探すことにしたんだ」
最近、セレスティアル王国以外の場所にも魔獣が出没するようになったという。そのため、多くの国が魔獣討伐に関する有効な対策を立てようと動き出しているらしい。
セレスティアルは昔から魔獣と戦ってきた歴史がある。魔獣との戦いにはかなり詳しいのだ。近隣諸国はその知識を求めて、いろいろと打診してきているという。
そんな状況を踏まえて、隊長は王国騎士団の上層部に掛け合った。遠く離れた国に、魔獣討伐の知識を分け与え、恩を売りに行く。その役目を第三特殊部隊に任せてくれないか、と。
遠くの国に恩を売りたくても、そこに行きたいと申し出る者がいなくて悩んでいたセレスティアル王国。この申し出は、渡りに船だと喜んだ。監視している元王女を外に出すのは多少渋ったが、ミンブルーから離れれば担ぎ出すこともできなくなるだろうと説き伏せた。
要するに、第三特殊部隊は王国の命のおかげで、堂々と国から出て行動できるようになったという訳だ。行き先は魔法に詳しいジーク皇国。今までのようにこそこそしなくても、アリエッタを元に戻す方法を探せるようになるのだ。
「ジーク皇国は魔法を使えるものも多いというし、何か手がかりが掴めるだろう。出発は三日後、善は急げだ」
「三日後? え、この砦はどうするんですか?」
「この砦には王国騎士団から数名が来ることになっている。遠くの国に派遣されるよりましだろうと、上層部が無理矢理説得したらしい」
戦い慣れた傭兵たちは変わらずこの砦に残るので、どうにかなるだろうと隊長は笑った。
なんだか急に事態が動き始めた感じがする。アリエッタは期待と不安で、半透明の身体をぶるりと震わせた。
「そういう訳だ。リュカ、アリエッタ。荷物をまとめて、出発の準備を」
「はい!」
リュカはさっそく大きな鞄を取り出して、鼻歌を歌いながら荷物をまとめだした。しかし、中に詰めているのは、どうやら自分の衣服ではなく人形の服のようだ。
「……リュカ。程々にしておきなさいよ」
「うん? なにが?」
アリエッタの呆れかえった言葉にも表情ひとつ変えず、リュカが小首を傾げる。この様子では、リュカの荷物の大半は人形関連になるに違いない。隣にいる隊長もリュカを見て苦笑していた。
「そういえば、第三特殊部隊全員で行くんですよね? ロイは素直についてくるんでしょうか」
アリエッタがふと浮かんだ疑問を隊長に投げかける。隊長は少し考え込むような仕草をした後、にやりと笑った。
「嫌だと言っても連れていくさ。まあ、任せておけ」
隊長は交渉事が得意でもあるし、そう言うのなら大丈夫なのだろう。しかし、悪い笑みをしている。ロイが素直に言うことに従えば良いが、反抗したらひどい目に遭いそうである。
とりあえず、朝はロイに引っ張りあげてもらわないといけないアリエッタ。ロイの同行は必須である。新人としてこの砦に来て早々大変だとは思うが、勘弁してもらいたい。
明るい青の髪と瞳を持つ青年が嫌そうに眉を顰める未来を想像したアリエッタは、心の中でごめんと呟いた。
そして、三日後。出発の日。
「よし、行くぞー」
隊長のゆるい掛け声に頷きながら、リュカ、アリエッタ、ロイの三名は隊長に続いてセレスティアル王国を後にする。移動手段は馬車である。
馬車の中にはアリエッタの身体が寝かされている。精神体が離れた肉体のみの存在はリュカの愛する人形たちに囲まれており、少し異様である。
「ロイ、一緒に来てくれてありがとうね」
「……別に」
隊長がどう説得したのかは知らないが、ロイは嫌な顔ひとつせず出張についてきている。アリエッタとしては大変助かるし、ありがたいと思っている。……思っているのだが。
ロイはアリエッタをちらちら横目で見ては、なぜか頬を赤く染める。「なに?」と声を掛けると、大袈裟なくらい動揺して目を逸らす。そして、拗ねたように鼻を鳴らすのだ。
恐らく隊長が説得する際、ロイに何か言ったのだと予想はつくが。何を言ったかまでは全く分からない。とりあえず、なんか気まずい。
アリエッタは隊長を睨み、ため息をついた。
何はともあれ、長い旅の始まりだ。青い空を見上げ、目的地であるジーク皇国に思いを馳せた。




