26:おまけ ――ロイの家族はややこしい――
ロイの故郷であるメイフローリア王国では、五月下旬から六月上旬に見頃を迎える花がある。その花の名前は「灯乙女草」。夜になると、淡く白く光る不思議な花だ。
毎年、この花が咲く頃になると、ロイの家族はみんなで一緒にお花見を楽しむのだという。
「という訳で、アリエッタも一緒に行きませんか?」
「行くわ! 光る花って見たことないもの! 楽しみ!」
ロイの誘いに、アリエッタは喜んだ。家族の集まりに、当然のように誘ってもらえたことが嬉しかったからだ。
お花見当日。灯乙女草は夜に見る方が楽しめるので、出発は日が沈んでからだった。ロイに連れられてやって来たのはお城の中。どうやら城の庭でお花見をするらしい。
「あ、来た来た! ロイ、アリエッタちゃん、こっちこっちー!」
ぶんぶんと手を振っているのは黒髪の美女、メリッサだ。ロイとアリエッタは目を合わせて微笑み合い、メリッサの方へと歩きだす。
城の庭は、灯乙女草が満開で、とても綺麗だった。淡い光が辺りを優しく照らしている。夜の風に揺れる小さな花は、まるでお喋りでもしているかのようだ。
しかし、それとは別のものを見て、アリエッタは固まった。
「……ロイの家族、増えてない?」
「増えてませんよ。何言ってるんですか」
ロイの冷静な突っ込みは置いておくとして。そこには十人ほどの人が集まっていた。ロイの育ての父や母など面識のある人もいるが、見たこともないような人もいる。
「ロイ、誰が誰だか分からなくなってきたわ。え、あの女の子は妹さん……ではないわよね?」
「ああ、あの子はいとこです。ちなみに、あっちの男の子も」
「えっ? えっ?」
ロイの家族はややこしい。ロイを引き取って育ててくれた家族について、アリエッタは改めて説明してもらうことにした。
「いや、聞いてもよく分からないかもしれませんよ? 血の繋がりがあろうがなかろうが、『みんな仲良し家族!』くらいに思っておけば良いと思いますけど」
「何言ってるのよ。私はね、ロイのことなら何でも知っておきたいの!」
アリエッタの勢いに負けたロイは、鼻の頭を掻きながら、物語を語るように話し始めた。
「二十年ほど前のことです。この国に一人の王子が生まれました。名前はクリス。そのクリス王子の乳母として、ある女性が抜擢されました。俺の育ての母ですね。……母さんは、クリス王子と自分の息子であるガント、二人の子どもを育てることになりました」
アリエッタはふと庭の隅に目を遣る。金髪碧眼のクリス王子と、赤髪の騎士ガントが仲良さげに話していた。この二人は乳兄弟だったのか。
「クリス王子とガント、二人と年の近かった俺は、よく一緒に遊んでもらっていたそうです。そして、ある日。俺の親が罪を犯し捕まってしまいました。俺は孤児院へ入れられることになりました」
「そこで、王子の乳母をしていたお母様が、ロイを引き取ると言って下さったのね?」
「そうです。全くの赤の他人である俺を、知り合いの子だから、と引き取ってくれました。その時から、クリス王子とガントは俺の兄になりました」
ロイの育ての父と母は、クリス王子、ガント、ロイの三人を分け隔てなく育ててくれた。しかし、三人の子育ては大変だ。そこで、メリッサが手伝いに来るようになったらしい。
「メリッサは俺たちより十歳くらい年上なんですけど、俺たちのことすごく可愛がってくれて。俺たち三人は、メリッサのことを本当の姉のように慕うようになったんです」
「そうだったの……」
クリス王子、ガント、ロイ、そしてメリッサ。四人は全く血の繋がりがない者同士。それでも、本物の姉弟のように見える。なんか、すごい。
「それから何年かして、父さんと母さんの間に子どもが生まれました。それが弟と妹です」
ロイが見遣った先に、灯乙女草を突いて遊ぶ子どもたちがいた。顔立ちが赤髪の騎士ガントとよく似ている。ガント、弟、妹の三人は血の繋がった兄妹となるのだから当然だ。
「弟さんと妹さんは分かったわ。その隣にいる子どもたちは、いとこだって言ってたけど……」
アリエッタはロイの弟妹と同じ年頃の子ども二人を見る。十歳前後だろうか。随分綺麗な顔の子たちである。
「あの子たちは母さんの兄の子どもですね。メリッサの子どもでもあります」
「……えっ?」
アリエッタはぽかんと口を開けた。今、ロイは何と言ったのか。
「え? え? メリッサさんの子ども? メリッサさん、子どもいたの? というか、結婚してたの?」
「そうですよ。……あれ、言ってませんでしたっけ」
「き、聞いてない!」
それを知っていれば、メリッサを恋敵なんて勘違いせずに済んだのに。アリエッタはロイの肩をぽかぽか叩く。
「言ってよ、そういうことは早く!」
「すみません。あ、ほら、あの人が母さんの兄で、メリッサの旦那さん」
ロイが指さした先には、三十代後半くらいの綺麗な顔立ちの男性がいた。美女のメリッサの隣に良く似合う人だった。
「うわあ、格好良い人……」
「アリエッタ?」
メリッサの旦那に思わず見惚れると、ロイにぐいっと引き寄せられた。
「駄目ですよ、他の男になんて見惚れたら」
ロイの瞳が、灯乙女草の光を反射して揺らめいた。そして、アリエッタの額に軽くキスを落とす。
「それに、メリッサの旦那さんはメリッサ一筋ですから。横恋慕しても無駄ですよ」
「し、しないわよ! 私はロイ一筋なんだから!」
アリエッタは真っ赤になって反論した。するとロイが一瞬驚いた顔をした後、幸せそうに破顔した。
「アリエッタ……俺、本当に貴女のことが好きなんです。俺は、もっと、貴女と……」
ぎゅっと抱き締められて、アリエッタは動揺する。ここには子どももいるのだ。あまり色気を振りまかれても困る。あわあわしていると、すっと目の前に誰かが立った。
「あれ、ロイ、酔ってる? これ、お酒だろ?」
ロイの兄である赤髪の騎士、ガントだ。心配そうにロイの顔を覗き込んでいる。
「うう、酔ってない。ちょっとアリエッタといちゃいちゃしたいだけだ」
「……うん、これ、酔ってるな」
ロイの潤んだ瞳と火照った顔、そしてロイが口にしていたグラスを見て、ガントは頷いた。
「ちょっと待ってろ。今、水を持ってきてやるからな」
ガントがロイの頭をぽんぽんと撫でて、水を取りに行った。ロイはというと、なんだかふにゃふにゃしている。アリエッタはロイを寝かせ、膝枕をしてあげた。すると、ふわっと幸せそうにロイが笑顔になる。
「ふふ、ロイは本当に仲の良い家族のもとで育ったのね。……それなのに、なぜ、『死にたがりの困ったさん』になるほど孤独を感じてしまったのかしら」
アリエッタの疑問に、ロイが目を閉じたまま答える。
「家族に愛されていたからこそ、ですよ」
「……どういうこと?」
「愛された記憶があるからこそ、その反動があったんです。大切で、大好きな家族ともう会えないと思ったら、本当に辛かった。死にたくなるくらいに……」
ロイはそう言って、涙をひとつ零した。そして、そのまま眠ってしまう。
「ロイ、水だぞー……って、寝てんのか」
ガントが帰ってきたが、眠っているロイを見て、やれやれと肩を竦めた。アリエッタはロイの頬に伝う涙をそっと拭ってやる。
「しょうがないな、ロイは。……あ、せっかくだから、アリエッタさんにとっておきの情報を教えておこう」
「とっておきの情報?」
「こいつね、赤ちゃんの時、『ロイきゅん』って呼ばれてたんだ」
ロイきゅん。膝の上ですやすや眠るロイを見つめる。なんとなく分かる気がした。
「あ、あと、十二歳で家出した時。クリスとメリッサが、ロイひとりで旅しても大丈夫なように、防御魔法をこっそりかけに行ってた。王族級のやつ」
「わあ、過保護!」
本当に可愛がられすぎだと思う。アリエッタは思わず笑みを零してしまった。
「これ、俺が言ってたって内緒な。ロイ、怒るから」
ガントが口元に人差し指を立てて笑った。
その後もロイの様子を見に、次々と人がやってくる。そのおかげで、アリエッタが知らない家族の存在がどんどん明らかになる。メリッサの弟子や、異世界にいる伯母、祖父、祖母まで話題に出てきた。いや、異世界ってなんだ。そんなの存在するのか。
アリエッタは途中で理解するのを諦めた。
「うん、とりあえず『みんな仲良し家族!』って思うことにするわ」
アリエッタは目を覚ましたロイに宣言した。
「何ですか急に。……っていうか、俺、寝てました?」
「うん。でも、三十分くらいよ。寝顔、可愛かったわ」
ロイが恥ずかしそうに片手で顔を覆った。
「今日、お花見に来て良かったわ。とても大事なことを知ることができたもの」
「大事なこと、ですか?」
灯乙女草が楽しげに風に揺れ、柔らかな光を振りまいた。アリエッタは訝しげな表情をしているロイに微笑みかける。
「貴方はすごく家族に可愛がられているってことよ。……ね、ロイきゅん?」
ロイが真っ赤な顔で、勢いよく突っ伏した。
ロイの家族はややこしい。ロイを引き取って育ててくれた家族は、これからもその繋がりを広げていくのだろう。そう、アリエッタもその繋がりのひとつになるのだから――。




