24:青いうさぎの縫いぐるみ(3)
「とうとう行ってしまうんだな」
隊長がアリエッタの頭を撫でる。
「幸せになれよ」
アリエッタはこくりと頷いた。
アリエッタが十六歳の時に、故国であるミンブルー王国は滅びてしまった。魔獣に襲われ、命からがら逃げ出した。ロイに助けられて、町に辿り着いた後、この隊長がアリエッタを保護してくれたのだ。
六年半、命を狙われ続けるアリエッタを、隊長はずっと守ってくれていた。父のように。兄のように。
「今まで、本当にお世話になりました。ありがとうございました」
アリエッタは今日、ロイと共にメイフローリア王国へ旅立つ。そして、これからはロイの妻として生きていくことになるのだ。
もちろんミンブルーの民は、王女が遠方に嫁ぐことに反対した。セレスティアル王国も決して良い顔はしなかった。しかし、ロイの兄である王子が、それを全力で説き伏せてくれた。
どうやら珍しい魔導具をいくつか融通することで、話はついたらしい。元王女と魔導具を交換か、とアリエッタが少し遠い目になってしまったのは仕方のないことだと思う。
「あ、やっと見つけましたよ」
「ロイ」
軽い足取りで近付いてきたロイは、アリエッタの手を取って歩きだす。
「兄が、転移魔法の準備ができたというので」
砦の中を迷いなく進む。その横顔は晴れやかなもので、アリエッタもつい微笑みを浮かべてしまう。
「アリエッタ!」
ひょこっと顔を出したのはリュカだ。今日もお気に入りの人形を抱いて、にこにこと笑っている。
「はい、これ」
リュカが手のひらに乗るくらいの小さな箱を差し出した。アリエッタは小首を傾げながら箱を受け取り、中身を見て目を輝かせた。
「わあ……!」
そこには雪の結晶の形をしたガラス細工があった。
「ありがとう、リュカ」
「アリエッタは僕の家族みたいなものだからね」
今はなきミンブルー王国では、花嫁に雪の結晶の形をしたものを贈るという風習があった。花嫁を大切に思う家族から贈られたものは、幸せを呼び込むと言われていた。
第三特殊部隊の同僚として、ずっと一緒に頑張ってきたリュカ。アリエッタも本当の弟のように思っていた。もう消えてしまったあの王国の風習をこうして再現してくれるなんて。リュカもアリエッタのことをちゃんと慕ってくれていたらしい。
「じゃあね」
照れ臭そうに笑って、リュカはぱたぱたと去っていった。
「……行きますか」
「うん」
ロイの腕にぎゅっと掴まって、涙を隠した。ロイは黙って、アリエッタを抱き寄せる。
ロイの兄であるクリス王子が待つ部屋に着くと、さっそくメイフローリア王国に向かって飛ぶことになった。
「じゃあ、行くよ」
「お願いします!」
ちょっとそこまでお出掛けする、というくらいの気安い言葉。クリス王子は軽く手を上げて、魔法を発動させる。
ふわりと浮き上がる感覚。アリエッタは慌ててロイにしがみつく。ロイは慣れているのか、余裕の表情だ。嬉しそうに口の端を上げて、アリエッタをぎゅっと抱き締めてきた。
セレスティアル王国から、メイフローリア王国へ。こうして、アリエッタは最愛の人と一緒に旅立ったのだった。
肌に感じる寒さが違う。刺すような冷たい空気は、どこにもなかった。ここ、メイフローリア王国の方が温かいという話は本当だったらしい。
魔法でメイフローリア王国まで飛んだ後、アリエッタはロイを育ててくれたという「家族」の元へと向かった。ご挨拶をするためである。
「アリエッタちゃんね? メイフローリアへようこそ!」
優しい声に振り返ると、そこには美しい貴婦人がいた。
「……母さん」
ロイが呟いた。アリエッタは慌てて頭を下げる。
「えっと、ロイの婚約者のアリエッタと申します! これからよろしくお願いします!」
「ふふ、そんなに固くならなくても良いのに」
くすくすと笑う貴婦人の後ろから、十歳くらいの少年と、それより少し幼いくらいの少女が恥ずかしそうに顔を出した。
「ロイ兄ちゃんのお嫁さん?」
「新しい家族になってくれるの?」
ロイは少年と少女に目線を合わせるため、しゃがみこむ。
「そう。俺の花嫁さん。仲良くしてくれるか?」
「うん!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ子どもたちに、アリエッタの頬も緩む。ロイは照れ笑いを浮かべながら、頭を掻いた。
「俺の弟と妹です。父はまだ王宮で仕事をしているので、夕食の時に顔を見せられると思うんですが」
本当はメリッサもこの場に来たいと言っていたようだが、ジーク皇国の第二皇子に子どもが生まれたと聞いて、そちらに飛んでいったという。子ども好きなので、じっとしてなどいられなかったらしい。まあ、なんというか、自由な人である。
「血が繋がっていないなんて信じられないくらい、みんな仲が良い家族なのね」
アリエッタは、ロイの「家族」を見ながら微笑んだ。「母」も「弟」も「妹」も、ロイのことが大好きだというのがよく分かる。二人の「兄」も、ロイのことを随分気にしているようだ。この様子ではこの場にはいない「父」も、ロイのことを相当可愛がっているのだろうと予測がつく。
もう血の繋がった家族のいないアリエッタは、こういった「家族」の姿には憧れすら抱いてしまう。こんな「家族」の中に仲間入りできるなんて、夢みたいだ。
ロイが目を細めて、嬉しそうに笑った。
明るい青の瞳に冷たさはなく、ただ温かさのみを感じる。アリエッタはそっとロイの頬に手を添えた。
「貴方の瞳の色、もう氷なんかじゃないわね。この色はそう、晴れ渡った空の色だわ」
ロイが空色の瞳を見開いた。その様子はまるで、失った何かを取り戻したかのようだった。
ふわりと優しい風が吹く。温かなそよ風に、二人は微笑み合った。
かつて故国も家族も失くした孤独な王女は、同じように孤独を抱える少年と出逢い、その運命を変えた。
五年の時を経て再会し、惹かれ合った。想いはようやく通じ合い、これからはずっと一緒に歩いていく。
もう、孤独なんかじゃない。そう思って見上げた空は、どこまでも青く澄み渡っていた。




