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22:青いうさぎの縫いぐるみ(1)

「隊長、だからお肉は駄目ですってば!」


 アリエッタは、隊長の前に置かれている肉料理の皿を取り上げる。隊長は情けない顔で、アリエッタを見上げた。隊長の横に座っているリュカが、意地の悪い笑みを浮かべている。


「最近のアリエッタは虫の居所が悪くて困るね。そんなにロイに放っておかれてるのが気に入らないの?」

「リュカ。ベアトリクスの衣装代、もう来月まであげないからね」

「えっ! 嘘、来月までっ?」


 大袈裟(おおげさ)に嘆くリュカを横目に、アリエッタは大きくため息を吐いた。


 季節は移り変わり、ロイと離れてから二度目の冬である。あの時から、もう一年半ほどの時が過ぎた。


 離れたばかりの頃は、ロイは意外とまめに手紙をくれた。アリエッタが思わず赤面するような言葉が並んでおり、恥ずかしかったが嬉しかった。

 メイフローリア王国で、十二歳になるまで育ててくれた「父」や「母」と再会したこと。魔獣が出現したときに活躍したことで、それなりの地位をもらえたこと。順調に故郷で過ごしている様子を知るたび、アリエッタも嬉しくなった。


 しかし、徐々に手紙の頻度は下がっていった。毎週のように届いていた手紙は、いつしか月に一度になり、数ヶ月に一度になった。

 きっと、アリエッタに対する気持ちが冷めてしまったのだろう。故郷で良い出逢いに恵まれたのかもしれない。それならそれで別れを告げてくれれば良いのに、手紙にそういう言葉が現れることはない。


 だからこそ、未練がましく、ロイのことを諦めきれないのだが。


 アリエッタは沈んだ表情のまま、隊長の肉料理を隣のテーブルに置く。その席に座っていた傭兵たちが歓声をあげる。


「アリエッタちゃん、この料理、もらって良いのかい?」

「はい、どうぞ」

「おおー!」


 隊長が悲しそうに眉を下げたが、アリエッタは知らんふりをする。

 わいわいと騒がしい食堂を出て、自室へ向かう。人がおらず、寂しげな廊下を進み、扉を開けた。

 真っ先に目に入る場所に、青いうさぎの縫いぐるみが飾られている。アリエッタはその縫いぐるみを見つめ、苦笑した。


「うさぎさん、あなたの主はもう、迎えに来てはくれないみたいね」


 よく考えてみれば、ロイと一緒に過ごしたのは半年にも満たない短い間だった。六年半前にも一度会ってはいたが、まあそれだけといえばそれだけである。

 一時燃え上がった恋の熱も、離れてしまえば冷めてしまうものなのだろう。アリエッタだけが、いまだくすぶり続ける熱を持て余しているだけなのだ。


「もうそろそろ、あなたを主のところに返してあげないとね」


 縫いぐるみを抱き上げて、頬を寄せた。優しい香りにふわりと包まれ、ほんの少し泣きそうになる。


 小さな箱に、そっと縫いぐるみを入れた。別れを告げる手紙を添え、部屋の隅に置く。明日にでも配達員に託そうと思う。


 机の上には数か月前に来た手紙が乗っている。ロイから来た最後の手紙である。忙しくてなかなか手紙が書けないということと、そのことに対する謝罪が述べられている。そこにはもう、赤面するような内容は一言も書かれていなかった。


「良い夢を見させてもらった、と思うべきよね」


 綺麗な顔立ちをした美青年に愛を囁かれるなんて、随分(ずいぶん)と大それた夢だった。その夢が覚めてしまうのは寂しいし、惜しい気もするけれど、悲しむことはない。

 だって、ロイが幸せなら、それで良いと思えるから。孤独に押し(つぶ)されそうになり、命さえ捨てようとしていた少年が、前を向いて歩いていこうとしている。それだけでもう、充分だ。


 ふと窓の外に目を遣ると、ちらちらと雪が舞っていた。セレスティアル王国の冬は厳しい。すぐに雪は積もり、辺り一面、真っ白になることだろう。

 ふるりと小さく震え、アリエッタは暖炉に火を入れた。頬には一筋の涙。しかし、アリエッタはそのことに気付かず、ただ、寂しそうに微笑むだけだった。



 *



 予想していたよりもひどい雪のせいで、配達員はなかなかやってこない。

 ロイへの別れを告げる小さな箱は、一週間経っても送ることはできず、アリエッタの部屋の隅にずっと鎮座(ちんざ)していた。


 そんな中、砦に頭を捻るような知らせが届いた。


「メイフローリア王国の王子が、視察に来る? この砦に?」


 メイフローリア王国と聞くと、ロイを思い出してしまう。何か関係があるのだろうか。


「え、でも、こんな雪の中来られないでしょう?」


 魔獣だって、こんなひどい雪の日は活動を自粛(じしゅく)しているというのに。一体、こんな辺境の砦に何を視察しにやってくるというのか。


「魔法を使って移動するらしいよ。すごいよね、どれだけ魔力を持っているんだろう」


 リュカが楽しそうに笑う。リュカにも魔力はあるが、遠距離を移動する魔法は魔力の消費が激しすぎて、簡単に使えるものではないという。惜しげもなく大きな魔法を使う異国の王子に、ただ目を丸くするばかりだ。


「とうとうロイがアリエッタを迎えに来るんだな」

「へ? 来るのはロイじゃなくて王子でしょう?」

「王子にくっついて来るつもりだろうよ」


 隊長が当然のように言い、リュカもうんうんと頷く。アリエッタだけが、微妙な顔で首を傾げた。


「ロイは来ないと思う。手紙だって来なくなってるし」

「忙しかったんだろ?」

「メイフローリアで新しい出逢いがあったのかもしれないし」

「アリエッタ、何を言ってるんだ?」

「私、ロイのことはもう諦めようと思っていて」


 ひえっとリュカが小さく叫んだ。その顔は青ざめ、今にも倒れそうなくらいの悲愴感が(ただよ)っている。大袈裟(おおげさ)な反応だなと思いながら隊長を見ると、こちらも驚くほど青い顔をしていた。


「リュカも隊長もどうしたんですか? 真っ青ですよ」

「お、お前、お、おち、落ち着け。そう、お、おちつ、落ち着くんだ」

「私は落ち着いてますけど」


 隊長の大柄な体が震えている。怒りからなのか、恐怖からなのか、判断はつかない。しかし、お腹の肉が一緒になってぶるぶるしているのに、アリエッタは気付いてしまう。もう少し肉料理の禁止期間を伸ばそうと、全く関係のない方向に思考が飛んだ。


「いいか、アリエッタ。ロイはお前のことを諦めてなんかいない。どうしてそういう発想になるんだ?」

「そうだよ! お願いだから、そんな恐ろしいこと言わないでよ!」


 隊長もリュカも必死である。


「何が問題なの? それにリュカも言っていたでしょう? 私はロイに放っておかれてるって」

「冗談に決まってるじゃん、そんなの!」


 リュカが思いっきり()()って絶叫した。


 アリエッタは眉を(ひそ)めて首を傾げる。隊長とリュカにここまで応援してもらっていたなんて、初めて知った。しかし、どんなに応援してもらったとしても、ロイの気持ちはロイのものだ。アリエッタの気持ちを押しつけては駄目だろう。


「とにかく、もう良いの。失恋したのは悲しいけど、いつまでも引き()っていては新しい出逢いも期待できなくなるしね」


 わざと明るく言ってみせる。すると、後方から懐かしいような、低い声が聞こえてきた。


「誰が、誰に、失恋したんですか?」

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― 新着の感想 ―
[一言] ギャーーーー!!!!(;゜Д゜) こ、こいつぁお説教&囲い込みタイムだぜ(;゜Д゜)
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