20:生きる意味(8)
宝石のような明るい青の瞳に、驚いて目を丸くするアリエッタの顔が映っていた。アリエッタの全身が一気に沸騰したかのように熱くなる。
「え、あの! あ、メリッサさんはどうするの?」
アリエッタが恋敵の名前を出すと、ロイは目を瞬かせた。
「メリッサ?」
「そう! 二人は、その……そういう関係じゃないの?」
「……メリッサは姉ですよ」
ロイが片手で目を覆う。勘違いされていたことが納得いかないらしい。
「どうやったらそんな風に見えるんですか。俺が特別優しくしているのは、貴女だけだっていうのに」
ロイがアリエッタを抱く腕に力を込める。
「五年前、俺を救ってくれた少女が貴女だと分かって、心も覚悟も決めました。俺を何度も救ってくれる貴女を、もう手放したりしない、と」
ロイの吐息が、アリエッタの耳をくすぐる。心臓が痛いくらいに跳ねていて、ものすごく苦しい。苦しいのに、すごく嬉しい。
「……救われたのは、私の方よ」
アリエッタはロイの肩にしがみついて、小さく笑った。
「ロイ、貴方の手はいつも私を救ってくれる。そのことに私がどれだけ感謝しているか、分かる?」
「……感謝より、今は告白の返事が欲しいですけど」
「う……それは、メリッサさんとの関係が、本当に姉弟のようなものだと分かってから……」
「まだ言いますか」
呆れたようなロイの声に、アリエッタは身を竦ませる。ロイはそんなアリエッタの紺色の髪を一房すくいあげた。長い指にその髪を絡ませて、ロイは艶やかな笑みを浮かべる。
そして、ゆっくりと紺色の髪に唇を寄せ、軽くキスを落とした。
「ちょ、ちょっと、ロイ?」
「アリエッタ」
甘く名前を呼ばれて、アリエッタの息が一瞬止まった。
「明日、メリッサにも証言させますね。誤解が解けたら、俺のこと、ちゃんと考えて下さい。もう俺、遠慮なんてしませんから。良い返事がもらえるまで、どんどん口説かせてもらいますね」
部屋を照らす魔導具の明かりが落とされる。
「また明日。今日はもう眠りましょう」
そう言ってロイはアリエッタをベッドに寝かせ、自分は傍にあった椅子に腰掛けた。そして、アリエッタの手を大事そうに両手で包み込む。
「おやすみなさい」
真っ赤な顔で、心臓が暴れ続けているアリエッタは、正直眠れる気などしない。しかし、これ以上ロイの声を聞いているとおかしくなりそうだ。アリエッタは心を落ち着けようと、とりあえず、目をぎゅっと閉じたのだった。
*
翌日のこと。領主館に二人の青年がロイを訪ねてやって来た。
一人は赤い髪に翠の瞳を持つ、騎士の格好をした青年。もう一人は金髪碧眼の優雅な貴公子のような青年だ。
「よう」
「久しぶりだね、ロイ」
応接室のソファに悠然と座っている二人の青年に、ロイは顔を引き攣らせた。
「なんで、こんなところに」
「メリッサに呼ばれたから」
金髪の青年がけろりと答える。赤髪の青年は、ロイの隣に立つアリエッタに興味深そうな視線を送ってきていた。
「あのさ、ロイ。その女性は、一体誰なんだ?」
赤髪の青年の疑問に、ロイは頬を染めて口を尖らせる。
「……俺の職場の先輩だけど」
「なぜ手を繋いでいるんだ?」
「……いろいろあったんだよ」
ものすごく面倒臭そうに、ロイは説明を省いた。アリエッタは繋いでいる手をくいと引っ張って、首を傾げる。
「この方たちは、ロイの知り合い?」
「そうですね。知り合いというか……」
ロイが紹介する前に、金髪の青年がさっとアリエッタの前に立ち、優雅な礼をした。
「クリスと言います。こちらの赤髪はガント。僕とガントはロイの兄なんです」
「お兄様? ……えっと、あまり似ていないんですね」
「血は繋がってないからな」
アリエッタの正直な感想に、ガントという青年が明るく答えた。
血は繋がっていないとはいえ、三人の青年たちはとても仲が良いようだ。二人の兄を前にして子どもっぽい表情をしているロイに、アリエッタの心はほわほわと温かくなった。
そこに、勢いよく扉を開けて、黒髪の美女が現れた。
「クリス、ガント、ロイ!」
「メリッサ」
三人の青年の声が綺麗に揃った。そして、三人とも同じような微妙な表情を浮かべる。
「なに、三人とも変な顔しちゃって。あ、アリエッタちゃん! ちょうど良かった、最終確認をさせてもらおうと思っていたのよ!」
三人の青年を置いて、アリエッタに笑いかけてくるメリッサ。アリエッタは少し気まずい思いをしながらも、こくりと頷いた。
「……うん、もう大丈夫ね。安定してる」
アリエッタの身体を調べ、メリッサが満足そうに頷いた。アリエッタもほっとして、安堵の息を吐く。
「という訳で、ロイ。もうアリエッタちゃんから離れても良いわよ」
メリッサの許可が出たので、アリエッタはそっと手を解こうとした。さすがに初対面の人に前で手を繋いだままというのは、なんだか恥ずかしかった。ひとまず離れて良いと聞いて安心する。しかし、ロイは手を解くどころか、より強くアリエッタの手を握った。
「え、ロイ?」
思わぬことに動揺しながらロイを見上げると、ロイはにこりと微笑んだ。それから、メリッサの方へ向き直り、姿勢を正す。
「俺、アリエッタに告白した。良い返事がもらえたら、メイフローリア王国に帰って、結婚したいと思ってる。……祝福してくれる? メリッサねえね」
結婚という言葉にアリエッタは目を丸くする。いつの間にそんな話になったのだろうか。メイフローリア王国に帰るという話も初めて聞いたが。
呆然とするアリエッタに対して、メリッサは目をきらきらさせて喜んだ。
「もちろん祝福するに決まってるじゃない! ああ、良かった。もしロイが帰るのを渋るようなら、クリスとガントに捕まえさせて、強制送還しようと思ってたから」
「え、そんなことで俺たちを呼びつけたの?」
二人の青年は揃って困り顔になった。ロイはそんな二人の兄をちらりと見遣ってから、アリエッタに視線を戻す。明るい青の瞳が柔らかくアリエッタを見つめてくるので、アリエッタの頬が真っ赤に染まった。
「ロ、ロイ。あの、結婚って……?」
「メイフローリア王国なら、年上女性との結婚も普通ですから。何も心配いりませんよ」
「え、でも」
おろおろと目線を泳がせるアリエッタの腰を引き寄せて、ロイが耳元で囁く。
「俺のこと、好きなんですよね?」




