19:生きる意味(7)
その爆弾発言はというと。
「肉体と精神が離れないように、まだ魔力で包んでおいた方が良い。……という訳で、ロイ。アリエッタちゃんをあと一日、抱っこしててね」
これである。アリエッタは一気に顔を真っ赤にする。口をぱくぱくさせるしかできない。
「は?」
素っ頓狂な声をあげたのはロイである。メリッサに掴みかからんとする勢いで詰め寄る。
「どういうことだよ!」
「アリエッタちゃんの身体に馴染んでいるのは、ロイの魔力だもの。仕方ないでしょう?」
「……謀ったな」
「ふふっ」
悔しそうなロイとは対照的に、メリッサは楽しそうである。
「別に良いんじゃない?」
「そうだな。任せたぞ、ロイ」
リュカと隊長は何が問題なんだと言わんばかりの態度である。ロイは耳まで真っ赤にしながら睨んだが、二人はのほほんとしている。
「他人事だと思って……」
「他人事だからな」
ロイの絞り出すような声に、隊長がすかさず答える。
「ぷふっ」
リュカが耐えきれずに噴き出した。
「ロイがアリエッタを抱っこするのが目立たないように、僕も隣でベアトリクスを抱っこしててあげようか?」
「余計目立つ! 止めろ!」
リュカとロイがぎゃあぎゃあ喚くのを聞きながら、アリエッタは思わず笑みを零した。
ずっとどこか他人行儀だったロイが、壁を感じさせない態度をとっている。一人ぼっちで孤独な瞳をしていた少年は、もうどこにもいない。
アリエッタは心地良い疲れに身を任せて、そっと瞳を閉じた。
*
「ん……」
目を開けるとそこはメリッサの部屋ではなく、アリエッタとヒルダにあてがわれた部屋だった。
「目が覚めたみたいですね。水、飲みますか?」
思ったよりも近くでロイの声が聞こえた。アリエッタの身体がびくりと揺れる。ロイはメリッサに言われたとおり、アリエッタの身体をぎゅっと抱き締めていた。
窓の外はもう暗くなっていて、辺りも静かだ。ほんの一瞬眠りに落ちただけだと思っていたが、結構長い時間寝ていたらしい。
部屋の中にはアリエッタとロイの二人だけしかいない。ヒルダはどこに行ってしまったのだろうか。
「はい、飲んで下さい」
アリエッタを抱いたまま、コップに水を注いで差し出してくるロイ。アリエッタは頬が熱くなるのを感じながらも、素直にコップを受け取った。
「ありがとう、ロイ」
こくりと喉を鳴らし、水を飲む。渇いた喉を滑り、すんなりと身体の中に水分が染み渡っていく。
「……話を、させて下さい」
ロイはアリエッタの顔が見えないように、抱き締める手に力を込めた。アリエッタはゆっくりと頷く。
「五年前、俺は貴女に救われたんです」
落ち着いた声で、ロイは話し始めた。
十二歳の時に、故郷であるメイフローリア王国を出て、一人旅を始めた。生みの親が罪を犯したせいで、周りからいろいろと言われることに耐えられなくなったからだ。
親が罪を犯し捕まったのは、ロイが一歳の頃のこと。その時、ロイはある家に引き取られることになった。その家はすごく居心地が良かった。幼い頃は、その家の人たちが本当の家族だと信じて疑わなかったくらいだ。
しかし、親が罪人だと知った時、その家にはいられないと思った。自分を可愛がってくれた優しい「家族」まで自分のせいで陰口を叩かれているなんて、そんなのは耐えられなかった。自分さえいなければ、「家族」が傷つくことはない。「家族」が笑っていてくれるなら、それで良かった。
ロイは誰にも言わず、たった一人で旅立った。最低限の戦い方は、騎士である「父」に教わっていた。魔法も僅かながら使えたので、それを使いながら魔獣を倒した。
ずっと、ひとりだった。
故郷から少しでも遠くに、と思って旅を続けた。十三歳になり、セレスティアル王国の退魔隊に入ったのは、ただの気紛れだった。危険な仕事をすることで、命を落としても別に良いかと思った。生きている意味なんて、もう分からなかったから。
死にたがり、というのは間違っていなかった。
一人で行動し、命の危機に迫られるたび、心のどこかで喜んだ。このまま全てを終わらせても後悔しないと思った。
そんな時、紺色の髪に金色の瞳の少女と出会ったのだ。自分より少しだけ年上と思われるその少女は、ロイに「生きる意味」をくれた。その少女と一緒にいたのは一晩だけ。名前も聞かずに別れてしまったので、後になって聞いておけばよかったと項垂れた。
「あの晩の、貴女の言葉に俺は救われたんです」
アリエッタの肩に、ロイが額を当ててきた。首筋にロイの髪が触れ、くすぐったくて、小さく震えてしまう。
「あの時から、俺は生きてみようと思ったんです。でも、一人に慣れすぎていて、もう他人とどう関わって良いのか分からなくなっていました」
退魔隊から追い出され、辺境の砦に飛ばされることになった時。初めて孤独が身に染みた。
あの少女と再会することもないだろう。もう顔だって忘れてしまった。あの「生きる意味」もどこかに消えてしまったような気がした。
死にたがりの癖が、また顔を出し始めた。
しかし。そんな時、アリエッタが半透明の姿になり、ロイに縋るようになったのだ。
地中から初めて引っ張りあげた時に繋がれた手の感触。自分だけが彼女を助けられるという優越感。
自分が必要とされていることを実感して、「生きる意味」を思い出す。
だから、アリエッタを女性として意識するのに時間はかからなかった。自分だけを必要としてくれる存在は、少しずつロイの心を癒していく。セレスティアル王国では、年下男性は恋愛対象として見てもらえないと知った時には、ものすごく落胆してしまった。
ジーク皇国への出張は、あまり乗り気ではなかった。わざわざ逃げるように去った故郷の近くに行く気はしなかったからだ。
そんなロイだったが、隊長の一言であっさりと出張に行くことを決意する。
「……隊長は何と言って貴方を説得したの?」
「出張に同行すれば、貴女を嫁にくれると」
「へっ?」
隊長はアリエッタの親代わりだと自負している。この出張でアリエッタを口説き落とし、「うん」と言わせることができたなら、結婚の許可を出すと言ったらしい。
「何言ってるのかしら、あの隊長」
アリエッタは思わず遠い目になってしまった。
「……年下の男は、嫌ですか?」
「え? 嫌じゃないけど……そっちが嫌じゃない? 年上の女なんて」
「話、聞いてました? 俺は、貴女のことが」
ロイはそこで言葉を止めた。そして、少しだけ体を離し、アリエッタの瞳をじっと見つめる。明るい青の瞳に、きらりと光が走った。
「好きなんですけど」




