1:救いの手(1)
「新人さん? この第三特殊部隊に?」
アリエッタは金色の瞳を丸くして、大柄な隊長の隣に立つ青年を凝視した。
「ロイ、十八歳。この国の出身ではないが、魔獣との戦いには慣れているというし、貴重な戦力となってくれるだろう」
隊長が青年について、軽く説明してくれる。青年は視線を横にずらし、アリエッタの方を見ようともしない。
ロイというこの青年は、さらりとした明るい青の髪を持っていた。瞳の色も、髪と同じ明るい青。感情を見せないようにしているのか、無表情で黙りこくっている。綺麗な顔立ちと相俟って、人形なのかと問いたくなるほどだ。
まあ、要するに、この青年はかなり見目が良いのである。アリエッタは思わず、感嘆の息を漏らした。
「そうだ、アリエッタ。砦の中を案内してやってくれないか」
隊長がロイをアリエッタの前に押し出してきた。青色の瞳とぱちりと目が合う。アリエッタはその透き通るような瞳の色に息を呑む。
(宝石みたい。すごく綺麗……)
その瞳に魅入られてぼんやりとしていると、隊長が苦笑した。
「ほら、早く行きなさい。日が暮れてしまう」
「は、はい!」
慌てて返事をして、アリエッタは隊長室を出る。その後にロイが続いた。コツコツと固い石の床に響く、靴の音。
「あ、えっと、私はアリエッタ。二十一歳よ。この第三特殊部隊には五年くらいお世話になっているの。分からないことがあったら、遠慮なく聞いてね」
まずは自己紹介から、と歩きながら話す。
ロイは聞いているのかいないのか、無表情のまま、アリエッタの後をついてくる。
「もう知っているとは思うけど、ここは魔獣から国民を守る砦なの。第三特殊部隊は、この砦に常駐することになっていて……」
砦の中を案内しながら、アリエッタは色々と説明することにした。
ここはセレスティアル王国の端に位置するミンブルー地方。人間を襲う魔獣という生物が頻繁に現れる地域である。魔獣は放っておくとどんどん増えてしまうので、定期的に討伐を行う必要がある。
その魔獣討伐を行うのが、王国騎士団である。民を守るため、騎士たちは剣をとり、魔獣と戦う。しかし、近年はその王国騎士団に碌に戦えもしない貴族のお坊ちゃんが多く所属するようになった。そのせいで、戦力不足に悩まされることになってしまった。
ミンブルー地方は王都から離れた僻地であり、魔獣の数も多い。そのため、王国騎士団の騎士たちは皆、この砦に来るのを嫌がった。しかし、国としては放置するわけにもいかない地域。悩んだ末に、最低限の面目を保てるようにと、数人の騎士を左遷するかのように送ることにしたらしい。
それがアリエッタの所属する第三特殊部隊である。まあ、アリエッタは戦う騎士ではなく、事務係だが。
「左遷……」
ぽつりとロイが零した。その瞳は暗く沈んでいるように見える。
「気にすることないわよ。そんな風に言っているのは王都の腑抜けた騎士だけなんだから」
アリエッタは背筋を伸ばし、胸を張る。
「碌に魔獣と戦えない王国騎士団のお坊ちゃんより、この砦にいる傭兵の皆の方がずっと凄いのよ。王国騎士が使いものにならないからって、わざわざここに来てくれた勇敢な人ばかり。それに、王都からここに送られるということは、それだけ強いと認められたということなのだから、むしろ誇って良いの」
次々と砦の中を案内しながら、二人並んで歩き続ける。そして、大体の場所を巡り終わると、アリエッタはふと足を止めた。
「あの、ロイ……と呼んでも良いかしら」
「……どうぞ、お好きに」
一瞬ロイは目を瞠ったが、すぐに無表情に戻って答えた。アリエッタは安堵したように、ほっと息を吐く。
「えっと、ロイは魔獣との戦いになれていると言っていたわね。もしかして、退魔隊からここに来たの?」
退魔隊というのは、戦力にならない騎士が増えてきた王国騎士団の中に新しく作られた、魔獣討伐専門の組織である。この退魔隊は実力主義で、その出身や身分は一切問われない。その職務は主に魔獣討伐であるため非常に危険なのだが、その分給料も良いので、外国から来た人や貧しい平民には人気があった。
「そうですけど、それがなにか?」
「やっぱり! じゃあ、五年前にこのミンブルー地方に来たことがあるんじゃない?」
五年前、ミンブルー地方で魔獣が大量発生したことがある。そこで大活躍したのは退魔隊だった。
「さあ、覚えていませんね。俺は色々なところに飛ばされていたので」
ロイは無表情のまま、答えた。
「そ、そう。あ、でも、その時に私、退魔隊の人に助けられたことがあって! ずっと、お礼が言いたくて!」
アリエッタは紺色の長い髪をふわりと揺らし、ぺこりと頭を下げた。
「えっと、あの、助けてくれてありがとうございました!」
「そういうのは俺じゃなく、助けてくれた本人に言うものでは?」
白けた顔をして、ロイはアリエッタを見遣る。アリエッタは少し残念そうな表情を見せたが、すぐににっこりと笑った。
「退魔隊に助けられたのは私だけじゃないもの。ミンブルーに住む民は皆、退魔隊の人たちに感謝しているの。だから、彼らを代表して言わせてもらうわ。本当に、ありがとう」
「俺は……別になにも」
ロイは気まずそうに、視線を逸らした。
窓から春の柔らかい日差しが差し込んできた。その光が、ロイの明るい青の髪をきらめかせる。その顔はやはり人形のように整っていて、どこか神秘的な感じさえする。
しかし、その頬がほんの少し赤く染まっていることに、アリエッタは気付いてしまった。
くすりと小さく笑って、アリエッタは新しい後輩を改めて見上げた。
「ようこそ、第三特殊部隊へ。これから、よろしくね!」