18:生きる意味(6)
湿った森の中を、魔獣を撒くように走る。繋いだ手の温もりが心強い。時折月の光を反射してきらめく青の髪に、アリエッタは見惚れた。
しばらく走り続け、気が付けば隊長たちの待っている場所に辿り着いていた。
「アリエッタ、よくやってくれた! ロイも、無事で本当に良かった」
隊長が安堵の表情を浮かべ、二人を迎えた。
「皇国の騎士たちも、すぐそこまで来ているらしい。皆が揃ったら、今度こそ魔獣を全滅させに行く。……ロイ、もう単独行動はするなよ」
隊長の鋭い視線に、ロイがたじろぐ。アリエッタもロイの手を強く握って追撃する。
「話は後で、と言ったわね。一人で行動して、怪我でもしたら許さないんだから」
「……分かりました」
渋々だが、ロイが頷いた。
それから間もなくして、ジーク皇国の騎士が合流した。この騎士たちは魔獣との戦闘経験はないが、訓練兵よりも実力のあるものが多いらしい。
隊長はまだ戦える訓練兵と騎士たちを率いて、森の奥へ入ることにしたようだ。ロイとヒルダ、そして、メリッサも同行する。メリッサは実際にその目で魔獣を確認したいらしい。いざとなれば、魔法で援護もするつもりということで、とても心強い。
アリエッタはお留守番だ。領主館でリュカやルトと一緒に、皆の無事を祈るだけである。
「……頑張って」
戦いに赴く皆の背を見送りながら、アリエッタは呟いた。
「ロイ」
メリッサがロイの隣に並ぶ。ロイは話し掛けてきた黒髪の美女を一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。
「なに?」
「もうそろそろ、メイフローリアに帰って来ても良いんじゃない? 家族みんな、ロイのこと待ってるのに」
ロイは無言のまま、目を眇めた。
「なによ、その顔。いい加減、素直になりなさいよ。そんなんじゃアリエッタちゃんにも嫌われるよ?」
「……嫌われる以前に、男として見られてない。セレスティアル王国では、年下の男なんて恋人候補にすらなれないし」
いじけたように零すロイに、メリッサはからりと笑う。
「ロイったら、鈍いのね。姉として、少し情けなくなっちゃう」
「偉そうに、姉ぶらないでくれよ」
ロイは森の木々に間からチラチラと見える白い月を仰ぐ。先程アリエッタと一緒にいた時に見えた月はもっと綺麗だったような気がする。自称姉のメリッサが隣にいると、どうしてこうも安っぽく見えるのだろう。不思議だ。
「ねえ、ロイ。最近はどこの国も魔獣が突然現れるようになって、大変な思いをしているの。メイフローリアだって、いつ魔獣の被害が出るか分からない。ロイの持つ魔獣と戦う知識や技術は、これからメイフローリアでも必要なものになる」
メリッサは真剣な顔で、ロイを見つめる。
「この戦いが終わったら、私たち家族のもとに帰ってきて。みんな、貴方のことが大好きなのよ?」
ロイは黙って唇を噛んだ。どう反応するのが正解なのか、全く分からない。
その時、前方から声があがった。どうやら魔獣の群れを見つけたらしい。
「多いみたいね。今まで一匹もいなかった場所にこんなに現れるなんて、信じられない。魔獣って本当に厄介なのね」
メリッサは魔獣の群れを確認して、嫌そうに顔を歪めた。
「……メリッサ」
「なあに?」
「俺、帰っても良いのかな」
不安そうな横顔を見せるロイ。メリッサはそんなロイの肩を、ぽんと優しく叩いた。
「もちろんよ。文句を言う奴がいたら、このメリッサねえねがやっつけてあげるわ!」
「……うん」
ロイはへにゃりと笑った。それから、魔獣の方へ向かって、剣を構える。
「行ってくる」
地面を蹴って、軽やかに魔獣の群れを目指すロイに、メリッサはそっと防御魔法をかけてやる。
ロイは隊長の指示に従い、戦っている。もう単独で戦うような真似はしていない。庇ったり庇われたりしながら、他人と協力して戦うその姿にメリッサは安心する。
騎士の威勢の良い掛け声が森に響く。皆が自分の持っている力を存分に出し合って、戦っていた。
その魔獣との戦いは一晩中続いた。
全ての魔獣が地に伏した時は、空は明るくなりかけていた。誰も欠けることのない結果に、皆の歓声があがった。
*
魔獣との戦いから一週間後のこと。
いよいよアリエッタの肉体と精神を元に戻す時が来た。
「お待たせしてしまったかしら」
メリッサが申し訳なさそうに微笑んだ。アリエッタはぶんぶんと手を振って慌てる。
「戦闘の後処理でバタバタしてたし、仕方ないですよ! まだ忙しいところなのに、わざわざ時間をとってもらって、すごくありがたいです!」
ここは領主館でメリッサにあてがわれている部屋である。隣国の偉大な魔術師にふさわしい広々とした部屋だ。
そこに第三特殊部隊の面々が集まっている。
アリエッタの肉体は魔力を馴染ませるため、ロイに抱き締められている。なんとなく必要以上にベタベタされているような気もするが、たぶん気のせいだろう。放り出されても困るし、黙っておく。
「ロイ、アリエッタちゃんの肉体をここに」
メリッサがソファを指した。ロイはこくりと頷いて、アリエッタの肉体をソファに横たえる。名残惜しそうに、ロイの手がアリエッタの頬をかすめた。
「アリエッタちゃん、自分の肉体に触れてみて」
言われたとおりにアリエッタは自分の肉体に触れた。じんわりと指先に温かさを感じる。
「少し、そのままでいてね」
メリッサは目を閉じて、手のひらをアリエッタの方に向けた。すると、ふわりとアリエッタの肉体と精神が浮き上がった。温かく心地良い空気に包まれて、とろりとした眠気に襲われる。
がくりと力が抜けたかと思った瞬間、体が怠くなった。全身に何か纏わりついたかのように重苦しい。思わず手を伸ばすと、力強くその手を握られた。
「大丈夫ですか?」
手を握ってくれたのは、ロイだ。アリエッタは怠い身体を何とか動かし、ゆっくりと頷いた。
「やっと元に戻れたね」
「良かったな」
リュカと隊長が安心したように笑った。アリエッタも笑顔を返す。
「肉体と精神がしっかりと結び付くには、もう少し時間がかかるわ。あと一日くらいは油断できないと思う」
メリッサがアリエッタの頭を優しく撫でながら言った。
あと一日安静にしていれば良いのか。この身体の怠さも、明日になれば多少はましになると信じたい。
しかし、これでもう朝になるたび、ロイの世話にならなくても良くなったのだ。嬉しいと同時に、少し寂しい。ロイとの繋がりがひとつ切れてしまったようで、なんとなく心細かった。
心なしか落ち込んでしまったアリエッタだったが、メリッサが次に告げる爆弾発言に言葉を失くす羽目になる。




