14:生きる意味(2)
「ルトくんみたいにしっかりした次期領主様もいるし、ハンネス皇子殿下みたいに優秀な次期国皇様もいる。この国の未来も明るいわね」
素直じゃないロイはひとまず置いておくことにして、アリエッタは目の前のルトを褒めた。ルトは照れ臭そうに頭を掻く。
「そう言ってもらえると嬉しいですね。僕はこの国が好きなので」
和やかに談笑していると、マリアがぴょこんと跳ねながらやって来た。
「ルト! あれ、とって!」
小さな指が色鮮やかなお菓子を指した。ルトはにこりと笑って、小さな皇女にそのお菓子を渡す。
「おいしいっ」
「皇女様、あちらの椅子に座ってお召し上がり下さい」
「えー? それじゃあアリエッタとおはなしできないのよ?」
マリアがじっとアリエッタを見つめてきた。アリエッタは小さな皇女様の目線に合わせてしゃがむ。
「私もあちらの椅子に座りたいなと思っていたところなんです。ご一緒しても良いですか?」
「そうだったのね。じゃあ、いっしょにいきましょ!」
マリアはにこにこ笑ってアリエッタを促す。ルトがそんなマリアを守るように、隣を歩く。
「ルト、ここにすわって」
椅子に辿り着くと、マリアはまずルトを座らせた。ルトは少し渋ったのだが、可愛らしい皇女様の命令には逆らえず、困り顔になった。マリアはそんなルトの膝の上によじ登り、満足そうに笑った。
「皇女様はルトくんと仲が良いのですね」
「そうよ! アリエッタともなかよくなりたいの!」
マリアは楽しそうに笑いながら、ルトについて語ってくれた。
ルトはこの国の第二皇子と仲が良いのだという。ハンネスの弟にあたるその第二皇子は隣国に二年ほど留学していたそうだ。つい最近、その皇子がこの国に帰って来て、ルトを側近候補として呼んでいるらしい。
「ルトがおしろにきてくれるの、マリアとってもたのしみなのよ!」
「皇女様……僕はまだ、城に行くとは決めてないですよ」
はしゃぐマリアを抱き直して、ルトがため息をつく。
「ルトくん、嫌なの? その第二皇子様と何かあったとか?」
アリエッタが首を傾げながら尋ねると、ルトはゆっくり首を振って答える。
「いえ、実は僕の妹に問題があるんです。僕の妹はずっと、第二皇子である彼のことを熱心に追いかけていました。留学先にも押しかけていったくらいです。でも、彼はそこで、愛する女性を見つけてしまった」
「まあ」
「選ばれなかった妹は嫉妬して、彼の愛する女性に喧嘩を売ってしまったようです」
ルトとは違い、なかなか激しい妹さんのようだ。
「妹が何をしたのかは教えてもらえませんでした。でも、いつも穏やかな彼が険しい顔をしていたと聞いています。……そんなことがあったので、彼の側近になるのはあまり気が進まなくて」
「マリアはきにしないのにっ」
小さな皇女はぷくっと頬を膨らませた。ルトは弱り切った笑顔で皇女を抱え直す。
「マリア皇女様は、本当にルトくんがお気に入りなのですね」
「うん! だいすき!」
「誰が、誰を好きだって……?」
突然、地を這うような低い声が上から降ってきた。見上げてみると、そこにはハンネスが凄みのある笑顔を貼りつけて立っていた。
「ハンネス皇子殿下! いや、これは」
「マリアは嫁になんてやらん!」
ルトの膝の上からマリアをさっと奪い、ハンネスは背を向ける。ルトからマリアを隠すように抱いているため、マリアのふわふわのオレンジ髪がチラチラと見えるだけになる。
「いや、嫁とかそういう話ではなく」
「ルト、お前の能力は買っているんだ。マリアはやれないが、我が弟の側近の座はやろう」
「いや、だから、あの」
目線をうろうろさせて慌てるルトに、ハンネスは苦笑する。
「ルト。お前は何も悪くない。堂々と城に来い。我が弟もそれを望んでいるのだから」
「……本当に?」
「ああ。期待しているぞ」
ハンネスはそれだけ言うと、マリアを連れて賑やかな方へと去っていった。
「ルトくんは皇族の皆に好かれているのね」
くすくす笑いながらそう言ったアリエッタに、ルトは力ない笑顔を返す。
「そうだと良いんですけど」
「絶対そうよ! 妹さんのことがあっても、求められているのでしょう? それってすごいことじゃない。その第二皇子様の側近、やってみたら良いと思う」
「……そう、ですね。頑張ってみようかな……」
「うんうん!」
ルトを励ますようにその肩を叩こうとして、半透明な手のひらが擦り抜けた。
「あ」
思わず手のひらを見つめたアリエッタの顔を見て、ルトが噴き出した。アリエッタは頬を赤くしながら弁明する。
「う、唸りながらやれば、擦り抜けないのよ? ふぬぬーっ」
もう一度気合いを入れ直して、ルトの肩を叩く。今度はちゃんと触れることができた。
「アリエッタさん、ありがとうございます。なんか元気出ました」
「そう? それは良かったわ」
その後もしばらくのんびりルトと談笑して過ごした。椅子に並んで座り、皇族の人たちとの思い出話などを聞かせてもらった。
部屋の隅に置かれた椅子に座って、楽しそうに話すアリエッタとルト。
そんな二人の姿を、ロイは複雑な面持ちで見つめていた。しかし、アリエッタがそのことに気付くことはなく、夜は更けていくのであった。
*
ハンネスとマリアが去って数日経った頃。
まだ領主館に残って訓練を手伝ってくれているメリッサと、じっくり話せる機会に恵まれた。
「離れてしまった肉体と精神を元に戻す方法?」
領主館の中でも少し広めの応接室で、第三特殊部隊の四人とメリッサが一つの机を囲んでいる。外は雨が降っており、窓に水滴が次から次へとくっついては零れ落ちていた。
室内は魔法を使った魔導具のランプのおかげで、気持ちの良い明るさである。雨音を聞きながら、アリエッタのことについてメリッサに相談をする。
「この魔導具が使われたと考えているんですけど」
リュカが資料をメリッサに渡す。メリッサは紅い瞳を資料に向けて、軽く頷いた。
「アリエッタちゃん、肉体の方も見せてもらって良いかしら?」
「あ、はい。お願いします!」
「ありがとう。じゃあロイ、アリエッタちゃんの肉体をここに連れてきてくれる?」
ぴしっと扉に向かって指をさし、ロイを顎で使うメリッサ。ロイは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、素直に部屋を出て行った。
「肉体が来るまでの間、精神体の方を見せてもらうわね」
メリッサがアリエッタの半透明な手に触れた。
「あ、唸ってないのに触れてる」
リュカが目を丸くして、様子を窺っている。隊長も感心したようにほうと息を吐いていた。
「あたしは魔力を使って、かなり無理矢理触れてるから」
「すごいですね」
アリエッタは優しく握られた手を見ながら、頬を染めた。こんな風に普通に触れてもらえるのは久しぶりで、とても嬉しい。この人が恋敵でなければ、もっと素直に喜べたのに。ちょっと惜しい。




