+1話
『人気者になる為には、凡庸でなくてはならない』
誰が遺した言葉だっただろうか。いつだか、本で見た気がする。
もう掠れてしまった記憶から辛うじて表面だけ引っ張り出してみたが、俺の平凡な頭脳では意味までは記憶しておけなかったみたいだ。
ともあれ、名言には違いないだろう。一般庶民に夢を与えてくれる。もしかしたら俺も、感化されていた未来があったかもしれない。
まあ、そんな俺は俺ではないどこかの俺で、少なくとも、新しいアルバイトを探している今の俺ではない。
「くっそ、あんまり良い条件のやつないな」
求人サイトをスクロールする指が中々止まらない。選り好みしているのだから当然だ。
前の仕事を辞めてから既にひと月。元々余裕のない苦学生がそれほどの長期間働かなければ、結果は明白。親からの仕送りは家賃で消え、食費を削るのもいい加減限界だ。そろそろ通帳残高が四桁を切り、このままでは光熱費も水道代も払えなくなってしまう。
そんなわけで、
「えーと、今から長期バイトを探しても間に合わないから、日払いで、楽そうなやつを……」
絶賛、妥協中である。
指を動かすこと数分。
「お!これいいじゃん」
俺は一つの求人に行き着いた。
『誰でもできる!荷物運搬!
特殊な技能一切必要なし!物を運ぶだけなので簡単楽チン!日給一万五千円〜!
興味ある方はこちらまでお電話どうぞ!
○○○―△△△△―□□□□』
正直な話、怪しいとは思った。だが、早急に金策を講じなければいけない状態だったこの時の俺の頭から、他の手段は消えていた。
(運搬系の仕事なら人数制限があるかもしれない。こんなおいしい条件、逃したら次はもうない!)
急いでスマホの画面を切り替え、先ほどの番号へと電話をかける。
プルルルルル……プルルルルル………
「……………………」
心臓と着信音の、永遠に思える二重奏ののち、
「…………はい」
(来たっ!!)
三つ目の重い音が、鼓膜を震わせた。
「!?」
と同時に、何故か寒気を覚えた。例えるなら、北風が耳から入り、背骨をなぞっていったような。身の毛がよだつというより、深海へと潜っていくような、冷たさに近い感覚だった。
エアコンの故障かと思い目をやるも、無言を貫かれてしまった。
「あ、あの、求人サイトを見て電話したんですけれど……」
得体の知れない違和感はあるものの、今はこの電話に意識を向けるのが正解だと、応答を待つ。
「……………………」
「…………?」
「……………………」
「……あの……聞こえてますか?」
静寂に耐えきれなくなり、思わず口が動いてしまった。
「……お名前は?」
「あっ」
そういえばそうだ。まだ名乗っていない。
「あ、えっと、大久保匠と言います」
今になって自分の声が震えているに気づく。いや、唇が震えていた。そんなに寒さを感じていたのか。
「ふむ……大久保、匠…………」
そういうと、相手は少し考え込み、
「よし!君に決めた!」
突然ゲットされてしまった。
「いや〜、実はね、君みたいな『いかにも普通です』みたいな子をずっと待ってたんだよ〜!見つかってよかったよ〜!!」
「は、はあ……?」
「あっ、そうそう、アルバイトだよね?いつ来てくれる?君の都合のいい日に合わせるよ?」
最初に感じた冷たさはどこへやら、今度は太陽のような朗らかな声に変わり、その豹変ぶりに面食らってしまった。
「えっ、えっと……じゃあ今日、これからでも駄目……ですかね?」
「今日?いいよいいよ〜、すぐおいで!○○駅そばの和菓子屋だからね、待ってるよ!」
じゃあ、という言葉を残し、陽気な老人の声は俺の部屋から消えていった。
「とりあえず、行くか……」
ただの単発バイトのはずなのに、よく分からない状況だ。
こうして俺、大久保匠は一抹どころではない不安を胸に抱え、指定された駅へと向かうのであった。
はじめまして、押野 白と申します。
まずは、私の処女作、その1歩目に目を通して下さった皆様に限りない感謝を。
彼、大久保の冒険はまだ始まってすらいませんが、彼と周りを取り巻く環境を、いつの日にか、お見せできればと思います。
執筆ペースがとても遅いのでゆっくり更新していくことにはなりますが、どうか見守っていただけると。