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春休みの二度寝を心行くまで満喫してから居間に行くと、こたつの上にはおにぎりが置いてあり、実紅が静かに本を読んでいた。

今でこそ慣れてきたが、実紅が一人で部屋にいるところに遭遇すると座敷童子が出たのかと思って結構驚く。木の精霊とかいう得体の知れないものと一緒に生活しているくせにと思われるかもしれないが、そこの感覚とはまた違うところに響くらしい。


「おはよう」

本から顔を上げずに挨拶するのは彼女の平常運転だ。

「おはよう実紅」

 よいしょ、と俺もこたつに入っておにぎりを食べる。

 智恵、日向さん、実紅はいわゆるレギュラーメンバーだが、これは正確に言うと『ほぼ毎日いるメンバー』くらいのニュアンスで、もちろんいない日や時間もある。

 彼女たちが人の姿のまま一人で外出することはまずないし、意識は多分庭に植わった木の方にあるのだろう。


特に面白い番組もなく、かといってレポートをする気も起こらずぼーっとしていると、コタツの向こう側から実紅が黒目がちな瞳でまっすぐこちらを見ているのに気がついた。

「どうかしたか?」

「御台桜のことを考えてみたんだが」

 真面目そうな実紅の様子に、俺は居住まいを正した。

「おう」

「半分は日向の言うとおりかもしれない。勘違いしないように言っておいてやるが、御仁は人と実を結ぼうなどとは思っていないぞ。きっと御台桜殿は自分のために舞台を作らせて舞を舞った若者の言葉に、あまりに長い生を送る上での意味……生きがいのようなものを見出したのではないか。そのひらめきを人の言葉で恋と呼ぶのかもしれない。だから若者との恋が御台桜殿の中で終わってしまった今、また誰かに恋することを心のどこかで望んでいるのではないか」

 俺はコタツにちんまりと収まった小学生にしか見えない姿を、驚きを持って見つめた。

「実紅」

「なんだ」

「ちっこいのにすごいな」

 実紅は幼女らしからぬ涼やかな笑みをこぼした。

「当たり前だ。お姉さんだと言っただろう」


 そうと目星が付いた今、御台桜殿が心動かされるような人を探さねばならない。

実紅から大きなヒントを得た俺は喜び勇んで家を出てきたものの、そんな熱い思いを持つ知り合いが一人暮らしの大学生にいるはずもなく、早速途方に暮れることになった。突っ立っていても仕方ないので、気の向くままに歩みを進めながら考える。


 初めに思いついたのは敬葉寺の住職。確かに御台桜が咲かないと困るし寂しい思いもするだろうが、失礼ながら舞を舞った若者のような強い思いを持っているとは思えなかったので却下。

 次に思いついたのは市民の皆様。しかし精霊化した御台桜殿を大人数の前にさらすわけにもいかないし、あまりにも非現実的なので却下。


 御台桜殿の負担を考えると、数を増やすよりは会心の一撃を狙った方がいい。それを担うに値する人物は果たしてどこにいるのか……考えても答えが出ない。

 こうなればなりふり構わず人に聞きまくるしかないのか。

――実紅に一緒に来てもらえばよかった

 早くも弱気になり重い足取りで商店街を歩いていると、地元民ご用達の甘味屋、吉備堂が見えてきた。

――そういえば、実紅は羊羹が好きって言ってたな。今日はお礼に奮発して羊羹を買って帰るか

 吉備堂に入ると、こじんまりした店内のカウンターにはいつもの陽気なおっちゃんではなく若い職人さんが立っていたが、俺が不思議そうな顔をしたのに気づいたのか声を掛けてくれた。

「いらっしゃいませ。店主は商店街の慰労会で旅行に行っていまして、今日は私が店番なんです」

 職人姿のせいで年上に見えるが笑った顔にはまだ幼さが残っており、もしかしたら同い年くらいかもしれなかった。


 カウンター兼ショーケースの上段には、ふっくらと丸みを帯びた寒紅梅やつぶらな瞳の雪うさぎなど、食べるのが勿体ないくらいかわいらしい練りきりが並んでいる。吉備堂に入ったらまず季節の練りきりを見て楽しむのが俺の爺臭い日課だ。

 練りきりは種類ごとに名前を書いた小さな立て札が付いているが、品切れや季節はずれのものの札は隅によけてきれいに並べられている。

 その一つに目が吸い寄せられて、思わず職人さんに尋ねた。

「この札は……?」


 こたつでテレビを見ながら仲良く団欒していた三人は、苺大福と練り切りと羊羹を抱えて意気揚々と帰ってきた俺を見て三者三様に驚いた顔をした。

「まぁ!かわいらしい寒紅梅ね。うれしいわ。みんなでお茶にしましょう」

 日向さんがいそいそ台所に向かうと、智恵は怪訝そうな顔で

「私が言うのも難だけど、お財布大丈夫?」

 と、珍しく心配してくれた。実紅に羊羹をまるまる一本差し出すと、

「一度でいいから一本全部食べてみたかった」

 いつもより心持ちキラキラした瞳で大事そうに抱えた。

「智恵、明日もう一度御台桜殿に会いに行こう」

「ということは、やる気を出してもらう方法が見つかったのね?」

「さすが三代目てるてる、やるじゃない」

 急須と湯飲みを乗せたお盆を手に戻ってきた日向さんと、みかんを縦に何個積めるか挑戦していた智恵が意外そうな表情を浮かべる横で、そしらぬ顔で羊羹を開封している実紅に礼を言った。

「実紅のおかげで多分うまくいくと思う。ありがとう」

「礼を言うのはまだ早い」

 さっきのきらきらした表情はどこへやら、いつの間にかクールな表情に戻り、羊羹をしっかり正面に据えて小さな湯飲みにお茶を注いでいる。外見は置いておいて、我が家で一番御台桜殿に近いキャラは実紅かも知れない。


「あ、もしかして自分の分は買ってきてないの?」

 智恵が目ざとく気づいてしまったので俺は頭をかいた。

「これで多分咲いてもらえると思ったらうれしくてさ。自分の分は忘れちゃったんだよね。俺はみかん食べるからいいよ」

 本当は節約のために自分の分は我慢したのだったが、勝手にやっといて気を使わせるのも申し訳なかったので笑ってごまかした。

「しょうがないわね。ほら、ちょっとあげるわよ。苺はあげないけど」

「むごふ」

 智恵が苺大福の大福部分をちぎってやや強引に俺の口に入れた。

「ふふ、じゃあ私のも。はい、あーん」

 大福を飲み込んだタイミングで、すかさず日向さんが黒文字に刺した寒紅梅のひときれを食べさせてくれる。

「仕方ないな。ほら」

 最後に実紅がフォークでがっつり大きめに切った羊羹をずいっと差し出したので、そのまま一口で頂いた。


 口をもぐもぐさせながら見渡すと、智恵は少しぶすっとしていて、日向さんはとろけるように優しい笑顔で、実紅はもう羊羹に夢中でこっちに興味が無さそうで、俺はこの三人がここにいてくれるのを心から感謝した。


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