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6

 家に着く頃には夕焼けの名残が空から消えようとしており、冬の空気はしんしんと冷え込みを増していた。

「ただいま~」

「お帰りなさい」

 玄関を開けると、台所から日向さんの声と味噌汁の香りが漂ってきた。

 暖かい居間に戻ると実紅は相変わらずこたつで俺の教科書を読んでいたが、今日は珍しく顔を上げておかえりを言ってくれた。


 何時間ぶりかのこたつに入ると生き返る心地がして、心地よい眠気が押し寄せてくる。

「日が暮れるとますます冷えるわねぇ」

 エプロン姿の日向さんが熱いお茶を淹れてくれたのでありがたく頂いた。

 熱々の湯のみで冷えた手を温めていると、エプロンを外してコタツに入った日向さんと相変わらず本から顔を上げない実紅に、智恵が今日の顛末を話して聞かせた。

「で、二人はどう思う?」

 智恵が首をかしげて意見を求めると、意外にも先に口を開いたのは実紅だった。

「どんなに多くの人に囲まれる人気者でも、その輪の中で孤独を感じることがあるということか。もちろん年で気力が弱っているのもあるだろうが」

 彼女は興味のない話題には入ってこないので、少しは御台桜に関心があるということらしい。

「なるほどね」

「なるほど」

 智恵と二人でうなずいた。確かに思い返せば御台桜殿の言葉には、孤独とか悲しみに近しい感情があったように思える。


 日向さんは少し考えていたが、もしかしたら、と切り出した。

「御台桜さんはその雅な若者に、恋をしたんじゃないかしら」

 考えもしなかった発想を耳にして眠気が完全に払われると同時に、つい横から口を出してしまう。

「でも日向さん、御台桜殿は木だし若者は人間でしょう。種族と言うか、生きる世界が違いますよ」

 日向さんは艶っぽい笑みを浮かべた。

「あらそうかしら。どんな形であれ、人だって人以外の生き物を愛することがあるでしょう。心奪われた相手にお願いされたら、聞かないわけにいかないと思うわ」

「……なるほどね」

「……なるほど」

 その口ぶりに妙な説得力を感じ、智恵と二人で思わず深くうなずいた。


 風呂から上がって寝室に戻った俺は布団に転がった。

 にぎやかに過ごすのも楽しいが、もともと一人っ子の俺は一人でいる時に考えを整理する癖がある。普段は自由奔放に振舞っているように見える三人だが、その頃合を感じ取って付かず離れずの距離を保ってくれるのが有難かった。

 茶色い天井をぼーっと見上げていると、御台桜殿の丸まった背中が思い出されてくる。仮に自分があと千年生きることになったらと考えるとぞっとするし、俺には百年もあれば十分過ぎると心から思った。


 御台桜は若者の願いどおり、春が来るたびに花を咲かせてたくさんの人に囲まれながら、想像も付かない数の出会いと別れを繰り返して生きてきたのだろう。

――千年桜の恋、ねぇ

 千代の命を持つ桜と、人の若者との恋。それはなんと儚いものだろうか。

「俺の出る幕ないんじゃないのか?」

 一人きりの部屋に声がむなしく響いた。御台桜が咲かない理由がそこにあるなら、俺にはどうしようもない。俺がイケメンだったら新しい恋に発展する可能性もあったかもしれないが、いきなり小僧呼ばわりされたところと力士の土俵入りかと錯覚する大盤振る舞いな塩対応からして無理そうだ。

――満開の御台桜、見てみたかったなぁ

 もちろん深沢とその彼女にも見せたかったが、同じくらい俺自身があの大木に花が満ちるところを見たいという気持ちも大きかった。智恵の力を借りればなんとかなると軽く思っていたが、事態はそれほど単純でもないらしい。


 しばらくごろごろしながら考えてみたが御台桜殿にやる気を出していただく妙案は思い浮かばず、冷えてきたのでおとなしく電気を消して布団に入った。


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