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「皆さんの話をまとめますと!」
シュッ!
大体必要な情報がそろってきたが各々がわちゃわちゃ話すのを止めないので、どうしようか考えあぐねた俺はお菓子の上の空間に手刀を入れるという荒業を繰り出した。渾身の手刀によって三人がピタリと話すのを止めたので、その隙に話を切り出した。
「皆さんは昔うちのじいさんに命を助けられて、恩返しのためにここいるということですね」
智恵と名乗った女の子が、カントリーマアムの袋をバリバリ開けながら言う。
「うんうんあってるあってる」
「それでいて、皆さんは人間ではないんですよね」
日向と名乗ったお姉さんが、頬に手を当てながらおっとりと首を傾げて答えた。
「そういうお化けみたいな言い方は心外だけど、言ってみればそうねぇ」
「では正体は何かと言うと、この家の庭に生えている木の精霊であると」
実紅と名乗った少女が、小動物のようにパイの実をかじりながら俺を見た。
「そんな感じだ」
自分から確認を取っておきながら俺は頭を抱えたし、ついでにわしゃわしゃと髪の毛をかき回した。
「……信じられない」
信じられないが、親父とここに来た時には確実に無人だった家に、少し目を離しただけで三人もの人間が出現した仕掛けもわからない。しかも空き家にこっそり住まうホームレスではなく、いい香りのする女性三人だ。
智恵は思案顔で首をひねっていたが、ひらめいたように言った。
「いきなり信じろって言うのは難しいわよね。うーん、ちょっと見てて」
人差し指を一本立ててずいっと俺に見せると、
「よく見ててね。いちにの、さん」
――消えた
さっきまで智恵が座っていた場所にはただ空間が広がっていた。
恐る恐る手を伸ばしてみたが空を切るばかりで何の感触もなく、蜃気楼のようにゆらぐこともなかった。ついでに日向さんと実紅が座っていた場所にも何もなくなっていて、彼女たちが存在していたことは飲みかけの紙コップと散乱した食べかけのお菓子だけが証明していた。
俺は一人でパーティーをしていたのかと一瞬錯覚したが、オレンジジュースをコップに入れてくれたのは間違いなく日向さんだし、実紅にシャツの裾を引っ張られた感覚もはっきり覚えている。
静まり返った部屋の中で引っ越し早々気でも狂ったのかと思い始めた時、何の前触れもなくまた三人が姿を現した。
「ね!」
ぱっと両手を広げて得意げに笑って見せる智恵に対し、
「いやねぇ。これじゃ本当にお化けみたい」
と困り顔の日向さん。
「現実を受け入れろ」
最後に実紅が止めを刺すように言った。智恵がうんうんとうなずきながら続ける。
「初代てるてるはものすごい緑の指を持った人でね。私たちをこの家に連れて帰って元気にしてくれたの。二代目てるてるは私たちを見るたびに気絶しちゃうから気を使って会わないようにしてるんだけど、三代目てるてるが大丈夫そうでよかったわ!」
困惑する俺に、日向さんが正座でオレンジジュースをすすりながら的確に解説してくれた。
「初代てるてるは、あなたのおじいさんの照一さん。二代目てるてるはあなたのお父さんの正照さんのことよ。緑の指を持つっていうのは、植物を育てる才能というか、植物に対する天性の勘に恵まれた人間のことをそう言うって照一さんが言っていたわ」
――緑の指か
そう言われると記憶の奥に封印してきたありえない大きさに育った朝顔とトマトが脳裏によみがえってきて、思わず自分の両手を広げてしげしげと眺めた。
――そうか。あれはじいさんから継いだ血がそうさせたのか
自分の感覚がクラスメイトと違っていた謎が数年越しに解けて納得していると、実紅がぽつりとつぶやいた。
「照一がいなくなってからつまらなかったが、これでまた恩返しが出来る」
「二代目てるてるはすぐ気絶しちゃうけど、差し入れてくれるお菓子のセンスは抜群なのよね」
智恵がまたバリバリとカントリーマアムを開けながら言った。彼女の前に出現した空になった個包装の山を見ながら、そういえば親父は金曜ロードショーのアダムスファミリーすら頑なに観ようとしなかったことを思い出した。
――そういえばあんな身体してるのに怪談物が苦手だったな
これらを用意してきながら一度も振り返ることなく速やかに軽トラで走り去っていった親父の不審な行動の謎が解け、少しすっきりした。
「あ、でも普段は急に出たり消えたりしないようにするし、宙に浮いたりとかもしないし、あくまで普通の人間っぽくするから怖くないわよ」
日向さんが力説する。
「照一から、縁があれば孫を頼むと言われている。私たちのことはお姉さんだと思え」
どうみても小学校低学年の女児にしか見えない実紅に言われ苦笑すると、つやつやのほっぺたが心なしかむすっと膨れた。
「そういうことで、これからよろしくね!」
「むごふ!」
智恵がカントリーマアムを口に突っ込んできたので、俺はただもぐもぐと咀嚼しながらうなずくしかなかった。
これがいわゆるこの家のレギュラーメンバー三人との衝撃的な出会いだった。