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 引越し当日、親父は鍛え抜かれた筋肉の力を余すことなく発揮して、速やかに荷物を搬入してくれた。

 この人の息子に生まれながら自分がなぜもやしのような体型をしているのか疑問に思いながら、取り急ぎ必要な洗面用具のダンボールを開封したりきれいなタオルを棚に収めたりしていった。

 

 缶コーヒーで一息ついてそろそろ帰る時間というころ、親父はおもむろに車から見覚えのない箱を持ってきた。餞別かと思って期待していると箱を居間のこたつ机の横に置き、太い腕で次々と中身を出して机に並べた。ファミリーサイズのカントリーマアムと、うす塩味のポテチと、パイの実。全て外袋を開けてすぐに食べられるようにすると、オレンジジュースのペットボトルと紙コップも並べた。

 用意したんだから自分で食べるのかと思ったら、今にもパーティーが始まりそうなその光景を腕組みして見回し、満足そうにうなずくと、神社を参拝するようにぱんぱんと手を打って一礼した。そして頭を上げると振り返らずに居間を出て玄関に向かうので、俺は慌てて背中を追った。

 スニーカーをはいて玄関に立った親父は、俺の質問を遮るようにずいっと指を三本立てた。


「じいさんの話だと、レギュラーメンバーは三人だ」

 何の話かさっぱりわからず、ぽかんとする俺に親父は続けた。

「わしはどうもそういうのは苦手でな。お前は多分大丈夫だろう」

「何を言ってるのかさっぱりわからんぞ」

 親父は困惑する俺の目を見つめ、

「世の中習うより慣れろだ」

 と物知り顔で説教した。

「まぁ、しっかりやれよ」

 ムキムキの腕で俺の両肩をばしばし叩くと、唖然とする俺を残して軽トラに乗り込み颯爽と走り去っていった。

 

「レギュラーメンバーっていきなり何だよ。ラグビーの話か?」

 ぶつぶつ言いながら玄関の鍵を閉め居間に向かっていると、人の声が聞こえた気がして足を止めた。

――あぁ、近所の人が立ち話する声か

特に気に留めず聞き流そうとしたが、ふと違和感を覚えた。グーグルマップで確認したとおり、この家は山を少し登ったところにあって近所に家はない。軽トラの助手席から見た景色もほとんど同じだったし、ましてやテレビなんてまだ配線を繋いでもいない。

 息を殺してみる。沈黙が訪れる……はずが、やはり何か聞こえる。


 多分、女の、話す、声。

 さーっと音を立てる勢いで血の気が引くのがわかった。俺は足を踏み出した姿勢で一歩も動けないまま目だけを動かし、全神経を研ぎ澄ませて声が聞こえる場所を探った。

――居間から?

 刃のように研ぎ澄まされた神経は、居間から聞こえる女の話し声を確かに感知している。

――まじかよ。どうしよう。まさかレギュラーメンバーって幽霊か?そういう大事なことは早く言えよあの脳筋野郎。


 俺は自分でアパートを決めなかったことを猛烈に後悔した。親父を問いただそうにも、スマホは居間に置いたままだ。十八年間生きてきて経験したことのない事態に頭が高速で空回っていると、居間の中から軽い足音が聞こえ何かが扉に近づく気配がした。

――えっうわ出てくるのやめて死にたくないです

 高速道路で車のライトに照らされた野生動物が、ライトを見つめて動かない理由がわかった気がした。見てはいけない、早く逃げないといけないとわかっているのに、釘で打たれたように目が離せなかった。


 恐怖のあまり心臓が喉から飛び出そうになっている俺の目の前でまるでスローモーションのように扉が動いていき、そこからひょっこりと顔を出したのは……幽霊でも貞子でもなく、同い年ぐらいのかわいい女の子だった。俺は拍子抜けしたが、念のため足が二本生えていることはしっかり確認した。

 どちらさまですか?と警戒しながらも紳士的にたずねようとした俺に、彼女はすたすたと歩み寄ってきた。

「何そんなところに立ってるの?歓迎会なんだから早くおいでよ~」

 そう言うと、あっけにとられる俺の手を当たり前のようにぐいぐい引いて居間に入った。

「三代目てるてる連れてきたよ~」

 引かれるままに居間に入ると、紙コップにオレンジジュースを注いでいる着物姿のお姉さんが目に飛び込んできた。こちらを見ると、外見どおりのおっとりした声で微笑みかけてくれる。

「お久しぶりね、てるてる。まぁ立派になって」

 シャツの裾を引っ張られていることに気づいて振り返ると、どえらい美人に育ちそうな小学校低学年くらいの女の子が俺を見上げている。

「本は持ってきてないのか?」

「実紅、歓迎会が先よ。ほら座って座って」

 長方形のコタツ机のお誕生日席に座らされ、オレンジジュースが注がれた紙コップを手渡された。皆が席に着くと、俺の手を引っ張っていた女の子がキリッと立ち上がった。

「じゃあ、三代目てるてるとの再会にかんぱーい!」

「か、かんぱーい」

 一応オレンジジュースのにおいを嗅いでみたが特に異変は感じなかったし、少し飲むと慣れ親しんだ味が口の中に広がった。山で化かされた時は狐のおしっこを飲まされると思っていた俺は少し安堵した。

勇気を出して咳払いするとお誕生日席から改めて見知らぬ美人三人を見回し、意を決して訪ねた。

「えっと、皆様どちらさまですか?」

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