10(最終話)
「もしもし深沢?そろそろ桜が満開になるんだけど、いつ来るの?」
「マジシャン聞いてくれよ。俺、失恋したんだわ」
「えっ!なんで?!」
「深くは聞いてくれるな。実は失恋の悲しみから立ち直るために毎日焼肉を食ってたらな、金がなくなった」
「……まじかよ」
「当分バイト三昧だ。すまんが行けそうにない」
「そうか……強く生きろよ」
「で、いつ来るって?」
智恵がみかんを食べながらテレビを見ている
「お友達が来るのならもちろん姿は消しておくけど、歓迎の気持ちとしてお夕飯くらいは用意しておきたいわねぇ」
日向さんも今日はゆったりとこたつに座り、実紅とみかんの皮を切らずにどれだけ長く剥けるか競争している。
「……ちぎれた」
実紅が悔しそうに剥いた実を俺にくれ、新しいのを一つ手に取って剥き始める。
「失恋したから来れないってさ」
面倒なのでいろいろ省略して報告すると、三人は顔を見合わせた。
「私は今、敬葉寺の御台桜の前に来ています。ものすごい人です」
テレビの声に振り向くと、これがこの世の春と言わんばかりに咲き誇った桜の大木の前にアナウンサーが立っている。
「今年の御台桜は、昨年咲かなかったことが嘘のようにたくさんの花をつけています。このように見上げますと、空いっぱいに広がった枝が桜色に染まってとても幻想的です。ここ数日の暖かさで一気に開花が進み、敬葉寺は今が桜の見ごろを迎えています。週末には天気が崩れる予報なので、ぜひ早めにお花見をお楽しみください」
「じゃあ明日はみんなで敬葉寺にお花見に行こうか」
俺の提案に、智恵がぱっと笑顔になった。
「行く行く!吉備堂にも寄って行こう!」
「じゃあお弁当は何作ろうかしら。たこさんウインナーと卵焼きは外せないし、キャラ弁とやらにも挑戦してみたいのよねぇ」
日向さんは早くもお弁当作りの計画に余念がない。
「……」
実紅は無言でみかんの皮を剥いていたが、俺を見てうむ、とうなずいた。どうやら行くという意思表示らしい。
開けられた障子から差し込む光はまぶしく、外の寒さが嘘のようにぽかぽかと暖かい。
人間のようで人間ではない彼女たちと過ごす平和な時間を、俺は改めていとおしく思った。