第193話、宗っち、連行される。②
「あれ、あなたは……確か……」
「はい、勇者様。昨日はご紹介もできませんで……私はエンリコ。冒険者組合の職員です」
「えっと、それで勇者とは何の事でしょう?」
「またまた、ご謙遜を。先日勇者様が触れられた宝玉は、エルフより取り寄せた審議の宝玉です。魔法属性に応じてその者の格を現すことのできる能力を秘めております。また、神より与えられし能力を推定する事ができます。それにより、ソウジ様は勇者であると断定して御座います」
いや何となくそんな感じはしたけどさ、でも、僕は昨日否定したよね。それがどうしてこうなる。兵士まで連れてきたと言う事は、この先の展開も予想ができる。
「僕は昨日、ハッキリと否定した筈ですが……なぁ、メイル?」
「そうだに。ソウジは勇者じゃないに!」
「なっ、獣人……勇者様は獣人を奴隷にされてるのですか!」
エンリコの背後の兵士が嫌な発言をする。まぁ、この街で獣人を差別してるのは知ってるから今さらだけどね。でも、悍ましい者でも見るような視線をメイルに向けるのは納得できない。
「獣人を連れてたら悪いですか?」
威圧のこもった視線を兵士に向ける。
「い、いえ……滅相も御座いません」
「それで、こんな朝早くに何の用でしょうか?」
さっさと用件だけ聞いてお引き取り願おう。そう思って尋ねた。
「はい、勇者様には陛下に謁見していただきたいのです」
陛下と謁見?
僕にこの国の王に会えと?
何のために……いや、それは決まってるな。人族の国は魔族と交戦中だ。
今のままでは魔族に勝てない。だから、勇者の能力を持ってると思われる僕に戦えと言う事か。だが断る。僕は魔族と戦う気はないからだ。
「断る事はできますか?」
「なっ、陛下がお呼びだと言うのに断るですと……」
兵士が食ってかかりそうな勢いでそう叫ぶ。
「あなた方の探してるのは勇者なんでしょ? なら、人違いです。僕は勇者じゃない。ただの魔法師ですよ」
全属性の魔法を使える事は、あの水晶でバレてる。ならそれについては誤魔化せない。でも、勇者の件に関しては誤魔化せる筈だ。
「ふふっ、確かにソウジ様は全属性の使い手。それは先日の水晶が示しています。であれば尚の事。陛下に謁見していただきたい」
「勇者じゃなくても?」
「はい。能力のある人は希少ですから」
これ以上、断っても無駄かな。逆に難癖付けられて困るのはこちら側だ。
「分かりました。謁見には獣人も同席できますか?」
メイルは僕のパーティーメンバーだ。勇者だなんだと持ち上げるくらいなら大丈夫だろ。そう思って聞いてみる。
「申し訳御座いませんが、獣人は城へは入れません」
はぁ。そっちから頼み込んで来た癖にそれかよ。僕はため息を吐くと、背後のメイルに銀貨の入った袋を手渡す。
「はぁ。そういう事だからチョット城に行ってくるよ。帰りが遅くなったら困るからこれ渡しとくね」
「分かっただに……」
寂しそうな面持ちでメイルは小袋を受け取る。僕は踵を返し家の外に出た。
外にはフルプレートの鎧を着込んだ兵士が五人いた。兜を脱いだ兵士に促され外に止めてある馬車へと乗り込む。その様子を近所の野次馬たちが見つめてる。
朝早くから物々しい格好の兵士が現れれば、興味本位で人も集まるか。
メイルは、その視線を嫌って早々にドアを閉めた。
城までそれ程時間を置かずに着いた。
兵士に案内されるままに、王城の通路を歩く。キレイな白亜の城は、僕の好奇心をくすぐる。通路には歴代の王だろうか、大きな肖像画まで飾られていた。
先頭に兜を脱いだ兵士が歩き、次に僕。なぜか、僕の隣にエンリコがいる。
「えっと、何であなたがここに?」
「ははっ、勇者様を発見した私も、陛下からお言葉を賜る事になったのですよ」
なるほどね……。要するに、国にとって重要人物たり得る僕を売った訳だ。
この事を組合長は知ってるのかな。昨日の様子からしてフローディアと名乗ったエルフは静観するつもりだったように見受けられたけど。
そう考えると、この職員の独断専行といった所か。
「さぁ、勇者様。こちらで御座います」
僕は今、大きな両開きの扉の前に立っている。扉には豪奢な細工が施され、いかにも特別な場所を演出してる。扉に開けられた小窓から、中へと兵士が言葉を掛ける。すると、それを合図に扉は開かれた。
うん。映画とかアニメで良く見た謁見の間だね。
両脇に貴族らしい装いの者たちと、銀のフルプレートを着た者たちが立ち並ぶ。
ここまで案内してきた兵士と違うのは、胸に青い塗料で幾何学模様があしらわれていることか。恐らく近衛兵と思われる。
金髪に青い瞳の太った人物が、玉座に座っていた。
僕とエンリコは玉座の手前に引かれた線の所で立ち止まる。僕の背後でエンリコがしゃがみ込んだ気がした。けれど、僕はそんなマネはしない。この世界の王族への対応の仕方なんて知らないから当然だ。だから普通にお辞儀をした。
だが、それを非礼と受け取った周囲から声があがる。
「王の御前でなんたる無礼!」「その方、無礼であろう」「おい、近衛兵!」
周囲の罵声に僕は一瞬たじろぐ。だが、それも王の一言で静まる。
「皆の者、静まれ! くっく。これこそ勇者である証。エンリコよでかしたぞ」
「はっ。もったいなきお言葉……」
背後のエンリコが一層、頭を下げる。
僕は、ただ目の前の王を凝視する。王の威厳は感じない。ただの偉ぶってるデブだ。何度か魔族と対峙したが、皆、体にマナを纏っていた。特に、第一部隊長のボルケーノから迸るマナは尋常ではなかった。
それと比べてなんたる凡庸か。王冠を被っているから王だとは思っても、それがなければ豪華な衣服を着た成金にしか見えない。その程度の人間だ。
そんな観察をされていると思ってもいない王は、ご満悦な面持ちで口を開く。
「勇者殿、よく魔法国ストロークへ参られた。我がこの国の王、アムデス・ストロークである。現在、我が国は魔族からの襲撃を受け疲弊しておる。この危機を打開するため……そなたの様な存在を待ちわびておったのだ」
はぁ。まるで魔族から一方的に戦争を仕掛けられてる様な口ぶりだな。
僕のこれまで集めた情報とは乖離がある。
さて、何て言い返そうか……。
「恐れながら、申し上げます。僕は勇者ではありません。誤解で御座います」
そう言った瞬間、国王の顔が驚愕に変わる。
まぁ、当然かな。勇者として連れて来たのに一蹴されたんだから。
でも、僕から勇者を名乗った事は一度もない。さっさと情報だけ集めて帰ろう。
「いま、何と申された?」
「はい。僕は勇者ではありません!」
次の瞬間、国王の持つ錫杖がチリンと鳴る。そして、僕の体に圧力が掛かった。
立っていられず、僕はその場に膝を突く。
これは重力魔法か……魔法を発動する時の予備動作はなかった。という事は、あの錫杖によって魔法を行使したと考えられる。
「勇者でないのならなぜ、我が前で立っておる! 下民よ控えろ!」
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