第192話、宗っち、連行される。①
この街にある宿屋全てで断られた僕とメイルは途方に暮れる。
「はぁ。まさか全てで断られるとはね……」
「……そうだに……」
露天で味付け肉の串焼きを頬張りながら、あかね色に染まった路地を歩く。
せっかく魔法国の首都に来たというのにこの扱いは予想外だった。
メイルはすっかり気落ちしちゃってるし、僕も今晩の寝床が見つからないことで焦り始めている。
借家を借りるにしても、手持ちの資金では心許ない。
いや、借りられる可能性はある。でも、家の中で獣人と暮らすと話せば断られる可能性は高い。日本の借家を借りる際、ペット不可の物件しかないといえば分かり易いだろう。獣人は外で飼うもの。室内犬の概念はこの国にはないのだ。
お金持ちの屋敷なら、愛玩用に獣人の部屋はあるだろう。でも、一般住民の家にそんなものはない。
「それでも、万一って事もあるからさ。もう少し探してみよう?」
「そうだに……」
道行く人に不動産屋を聞いて、一件のお店に入った。
「いらっしゃいませ。トライエンド不動産にようこそ」
白銀の髪に青い瞳の温厚そうなおじさんがこの店の主人らしい。もっとも性格は外見だけでは判断できない。断られる事を念頭に本題を切り出す。
「えっと、獣人と一緒に暮らせる家はありますか?」
店主は嫌がる素振りもなく、その顔に笑みを貼り付ける。
「はい、御座います。ちなみにご予算はいかほどでしょうか?」
予想外の好感触に、僕とメイルは顔を見合わせる。
「はい。手持ちは金貨三枚なんですが……」
金貨三枚も出せば最低でも三カ月は借りられる。そう判断して金額を提示する。
「ちなみに保証人はいらっしゃいますか?」
あれ、すっかり失念してた。そっか。やっぱり家を借りるなら保証人は必要だよな。どうするか……。初めて来た街だ。当然、知り合いなんていない。
「すみません、今日この街へ来たばかりで知り合いはいないのですが……」
店主は少し困った様子で僕とメイルの顔を見比べる。
「もしかすると、宿を探されて断られましたか?」
「どうしてそれを?」
「たまにいらっしゃるんですよ。この街では獣人を泊まらせる宿はありませんから。一緒の部屋で暮らしたいとおっしゃるお客様が、うちの店に来られるんです」
僕たち以外でも、愛玩用に獣人を連れてくる人は稀にいるらしい。
目的は、夜の奉仕をさせるため。
僕たちが宿屋で断られた本当の理由。それは、夜の奉仕をすると獣人特有の臭いがベッドに移る。それでどこの宿でも断られるのだと主人は教えてくれた。
僕はメイルと番いになることが決まっても、まだそこまでの関係じゃない。それに、そういった経験のない僕には分からなかった事だ。
「なるほど……それでお部屋は借りられるんでしょうか?」
「保証人がいない分は保証金をいただきますが……お貸しできますよ」
店主はそう言うと、奥の棚から何枚か物件の書かれた書類を持ってきた。
「こちらの家でしたら一月銀貨七枚です。保証金は一月分。もちろん、部屋を出る時に保証金は返金いたします。他にも……」
日本の賃貸物件の契約とよく似てる。先に支払うのは一月分の家賃に保証金。そして出る時に、部屋の傷み具合を考慮して保証金から引いた額を返金すると。
「メイルはどれがいい?」
三つの物件が書かれた書類を見比べる。トイレとリビング、寝室、台所のものが二件。残りの一件は、小規模の商店主が使っていた少しだけ大きな物件だ。だが、どの物件にも当然浴室なんてものはない。
「うーん。どこでもいいだに」
メイルの借りていた部屋も、最初の二件と同じ規模の家だ。
住めば都。水回りさえしっかりしていれば、何とかなるだろう。
どうせ獣人蔑視の国に長居する気はない。そう考えて、一番安い部屋に決めた。
「ご主人、それじゃこの部屋でお願いします」
契約書を作成し、二カ月分の家賃を支払った。
「ここで御座います。水は離れの水場から汲んでください。ベッドは藁が積んでありますが、シーツはありません。台所の鍋もご自分で用意していただく必要が御座います。よろしいですか?」
「シーツは明日にでも買えばいいし、鍋は野営に使ったものがあるから大丈夫かな。水場が離れてるのは難点だけど、馬車もあるし運ぶのも問題はないね」
「それでは、こちらが鍵です。何かお困りの事があればお知らせください」
「「ありがとう」だに!」
店主は家の説明をすると店に戻っていった。
「ははっ。いい人で良かったね」
「そうだに。これで寝床は確保できただに」
この時、僕は知らなかった。
この街では、獣人に家を貸してダメだということを。
呆気なく賃貸契約を結んでくれたから、これが普通だと思い込んでた。
家はお世辞にもキレイな物件ではなかった。でも、生活する上で支障はない。
日の沈みかけてる中、二人で手分けして掃除した。
水場は歩いて二分くらいの所に公衆用の水場があった。家に備え付けの水瓶を馬車に積んで、水場から運び込んだ。
「薪が残ってたのは助かったね」
「至れり尽くせりだに」
前の家主が置いていったのか薪はあった。それをかまどで燃やし、簡単な夕食を作る。食材は野営で食べてた物と変わらない。でも、不動産屋に寄る前に、露天で買い食いしてた僕たちにはそれで十分だった。
「それで、明日からは何をするだに?」
「うーん、それなんだけど……魔族と人族が何で最近になって争いだしたのかを調べるのが先かな?」
「それなら酒場が一番だに」
「ははっ、やっぱりそうなるか……」
ここの家賃で支払ったのは金貨二枚に銀貨一枚だ。まだ残り銀貨18枚近くはある。二人で三食食べても銅貨3枚もいかないから、しばらくは働かなくても生活できそうだ。情報収集で酒場に通っても一月は持つだろう。
「それじゃ、明日から晩飯は酒場で食べようか?」
「うん。それがいいだに!」
明日からの行動予定を立てて、その日は早めに就寝した。しかし、その予定は無駄に終わる。
翌日、早朝に激しくドアを叩き付ける音で起こされた。
「朝早くから申し訳ありません。勇者様のお住まいはこちらですか?」
ドアを開けると、礼儀正しく兜を脱いだ兵士にそんな事を言われる。
これまで勇者を名乗った事は一度もない。僕はすぐさま否定した。
「僕は勇者ではありませんよ」
すると、兵士の背後から見覚えのある男が顔を出した。
「間違いありません。このお方です」
「はっ?」
その男は、ギルドで魔石と素材の買い取りを行っていた職員だった。
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