第190話、宗っち、エルフに会う。
奴隷商人と会話をしてから四日目、僕たちは魔法国を見下ろす丘の上にいた。
「コレだよ、コレ。異世界といえば強固な壁に城だよね!」
「ソウジの言ってる意味が分からないに。でも、スゴく立派な城だに」
高い丘の上からだと良く分かる。広い四角形の石の壁に囲まれた都市。
大きな門が三つある場所を正門とすると、その側面に門は一つずつ。正門と反対側には王城らしい城が建っていた。
この世界の他の国には、これ程の建築技術はなかった。だが、目の前に広がる城は、日本にいた時にネットで見た中世の城に近いものだった。
「何だかドキドキするね」
「ドキドキするだに」
丘から回り込むように坂道を下っていく。それから一時間もしないうちに正門に着いた。特に荷物もない僕たちは、簡単なボディーチェックだけで入門できた。
「あの門番、失礼だに! 私のお尻を触っただに!」
メイルの尻を触った門番が、奴隷だから触ったのか、それとも女性には毎回しているのか分からない。でも、お陰でメイルのご機嫌は悪かった。
「まぁ、僕も触られたけどね……上半身だけど」
「ソウジは手ぶらだに。普通はそっちを重点的に調べるに!」
おいおい八つ当たりかよ。とも思える発言にげんなりする。
でも、メイルの言ってる事の方が実は正しい。武器を持っているメイルは明らかに戦闘奴隷だ。奴隷に見つかって困るモノを持たせる主人は存在しない。
大事なモノなら主人が持っていてしかるべきだから。
「しかも入門料が高かっただに!」
「一人銀貨一枚は高かったね」
魔族の襲撃を受けた僕たちの懐具合は良くない。それどころか、下手すると今晩泊まる場所さえ危ういのだ。倒した魔物の魔石や素材はアイテムボックスに入ってるから、最悪それを冒険者組合で売ればいいのだが……。
「まず最初に行くのは冒険者組合かな?」
「組合に行かないとお金が足りないだに」
異世界に来てまでお金に困るとは……世知辛い。
冒険者組合の場所は門番から聞いてある。僕たちは石畳の路地に馬車を進めた。
「あそこだに!」
メイルの指差す方を見ると、確かに剣と盾のマークの店があった。店の裏手に回り開いてるスペースに馬車を止めて中へ入る。スライドドアを開けると、右側に酒場が併設してあり、左に受け付けがあった。
僕は魔石の買い取りと魔物の素材の買い取りを告げる。
「買い取りでしたら、奥のコーナーです。買い取ってほしい魔石と素材を冒険者のタグと一緒に提出してください」
受付のお姉さんに言われ奥へ向かう。奥には眼鏡を掛けた神経質そうな細身の男性がいた。冒険者組合にしては珍しく、事務系の男性だ。
「買い取りですね。では、商品とタグをお願いします」
指示された通りにタグを出す。次に、アイテムボックスから魔石と素材をテーブルに乗せた。魔石は樹海で倒した地竜の物も含まれている。
この時、僕は気付いていなかった。受付の男性が感嘆の声を漏らした事を。
いや、気付いたけど地竜の魔石に驚いたのだと勘違いしていた。
「拝見いたします」
しばらく品定めをしていた男性は、僕のタグを見て腕が止まる。
「えっと、これはソウジ様がお一人で倒されたのですか?」
「いえ、こちらの戦闘奴隷と一緒に倒しました」
僕は背後に控えるメイルを紹介する。
「そちらの奴隷のタグも見せてもらえますか?」
「メイル、お出しして」
「分かっただに」
メイルが出したタグと僕のタグを見比べる男性。何かおかし事でもあったのだろうか。不思議そうな面持ちで、タグを吟味している。
「あの、こちらの魔石はBランク相当のものと推察いたしますが、それをお二人で倒されたので?」
「はい。樹海に入った時に遭遇したので二人で倒しましたけど、それが何か?」
「はい。奴隷のランクはC、ソウジ様のランクはEですよね。普通ではあり得ないんですよ。お二方の実力でBランクの魔物を倒すというのは」
そう言われても事実だからね。何か証明できる物でもあれば別だけど、そんな物はない。どうすれば信じてもらえるのか。そう思っていると、男性は奥から丸い水晶の玉を持ってきた。
「こちらで冒険者の実力を量れますので心配には及びませんよ。まず奴隷の方から触れてください」
ここに来てまたマジックアイテムか……。便利な物があるなら心配はないかな。
メイルは言われた通り水晶に手を置く。こちらから見た限りでは何が起きているのか分からない。でも、男性は納得したように首肯していた。
「はい、結構です。では次にソウジ様、お願いします」
僕も右手で触れてみる。すると、水晶が虹色に光った。
「……はっ?」
男性は驚いた様子で水晶と僕の顔を見比べている。これ何かヤバい事になるんじゃ。そんな不安がよぎる。
「チョット。お待ちください」
それだけ言うと、男性は奥の部屋へ駆けていった。
このまま逃げた方が良いかもしれない。でも、お金がないとこの先困る。何をするにしてもお金は必要なのだ。
それに、この大陸でまともな生活を送れそうな場所は、僕の知る限りでは獣人の国しかない。それならここは成り行きに任せるしかない。
そう決意を固めた所で、奥から若い女性が現れた。
銀の髪に翡翠の瞳のエルフだ。耳が尖っているから間違いないだろう。
「局長、こちらの方です」
エルフの女性は、僕とメイルを見ると特に感情を表さない顔で口を開いた。
「私はここの局長を任されております。フローディアです。もう一度、水晶に触れていただいても構いませんか?」
一度触れたなら二度も同じだ。僕は言われるままに水晶に手を置く。
うん、さっきと同じだな。水晶は虹色に光った。だが、フローディアと名乗った女性の表情が明らかに変貌する。
目を剥くといった表現があるけど、これがそうだろう。
「まさか……本当だとは……」
「えっと、これで僕たちがBランクの魔物を倒した事を信用してもらえましたか?」
できれば早く済ませたい。エルフの局長が表に出てきた事で、建物の中にいる冒険者の視線がこちらに集中している。
まぁ、これだけキレイな人を見る機会は中々ないからな。特に、がさつな冒険者たちが騒ぎたくなる気持ちも理解できる。
僕としては同性に目を付けられたくはないけどね。
「はい。勇者様……」
えっ、今、何て言った。勇者?
確かに勇者って言ったよな。僕はブラッスリーにしか言ってないぞ。しかも、その時は剣がないから散々バカにされたし。
それを、何でこのエルフは分かったんだ……。
「えっと、今なんて?」
「はい。勇者様……と……」
やっぱり、間違いない。なぜバレた。やっぱり水晶か……。
フローディアの視線は確信を持った目だ。熱の入った視線を向けてくる。
「それは何かの間違いでは? 僕は勇者ではありませんよ」
「いえ、勇者様。この水晶にごまかしは通用しません。しっかりあなた様が何者なのか表記されています」
表記だって……何の事でしょう。これは言い逃れができない展開か!
お読みくださり、ありがとうございます。