第189話、宗っち、奴隷商人と知り合う。
失恋して寂しそうにしてる女子に胸を貸したり、肩を貸してあげたり。
ついでに頭を撫でてあげるとか、普通にすると思うんだ。うん。
つい出来心で触れちゃう事ってあるよね!
そんな感じで、触れてしまった。獣人にとっては番いを意味する頭を。
それでどうしてこうなった!
魔法国までの道中、手綱を握る僕の膝にはメイルの頭が鎮座している。片手で手綱を握り、もう片方の手はメイルの頭に。番いを意識して手を外そうとするが、その都度、【撫でて】とでも言うように、僕の開いてる手に、手を添えられた。
これはアレだ。慰めようとして、女子の恥ずかしい部分を触ってしまった時と似ているかもしれない。相手をその気にさせた責任は男にある。
これは僕のハーレムの第一歩だ。そう思う事にする。これから立身出世していく中で、僕は複数の妻を娶るだろう。その最初の妻がメイルなだけだ。
年の差は気になるが、僕は二十歳でメイルは十五。うん、悪くはない。
そう思うと幾分か気も楽になる。よし、どうせ夫婦になるなら触れるだけ触る。
モフれるだけモフってやるんだ。頭を撫でながら、耳を指の間ですかす。
優しく、櫛を通すように……。
すると、くすぐったそうにメイルは首を縮める。
うはっ、かわいい。なんてかわいらしい生き物だ。
病み付きになりそうだ。僕はメイルの頭の重みさえ感じない程に熱中した。
日が傾き薄暗くなる前に、馬車を止めて野営をする。街道の途中には野営のできる広場が設けられてた。周囲から燃えそうな木々、枯れ葉を集めて火をおこす。
たき火の前に二人並んで座ると、パンとジャーキーで空腹を満たした。
メイルが先に眠る。当然の様に僕の膝を枕にしている所が何ともかわいい。
尻に敷かれるというより、頭に敷かれてる感じだ。メイルが眠っている間、僕はずっとメイルの耳を撫でていた。月が真上から傾いた頃合いでメイルを起こす。
「うにゃ、もう朝だに?」
「何寝ぼけてんだ」
「あぁ、寝心地が良かったに。だから野営を忘れてただに」
片目を瞑り、照れくさそうにそういうメイルをギュッと抱きしめる。番いになると決まったんだ。コレくらいは許されるだろう。
「にゃ、にゃにをするにゃ! まだ、そういう事をするのは……」
思いっきり恥ずかしがってる姿を見ると、何だか楽しい。
「そういう事って?」
「う、うぅん、そういう事はそういう事だに!」
「あははっ、分かってるって。メイルの初めてを野外でいただけないからね」
炎に照らされるメイルの顔は真っ赤だ。きっと言ってる僕の顔も赤いだろう。
そんなたわいもない会話に安らぎを感じつつ、僕はメイルの膝枕で仮眠を取った。メイルが俯く度に、柔らかい髪の毛先が頬をくすぐる。
この数日、まともに風呂に入ってないのに、メイルから良い匂いがした。
――それから五日後。
その日も野営の準備に取りかかってると、魔法国の方角から一台の馬車がやって来た。どうやらその馬車もここで野宿をするようだ。
「隣いいかい?」
そう声を掛けたのは、眼鏡を掛けた優男だ。だが、彼を護衛するように腕っ節の良さそうな冒険者が五人もいた。恐らく商人か何かだと僕は推察する。
「はい。どうぞ」
ここにメイルは居ない。メイルは枯れ葉を集めに行ってるから。
「それじゃ、お邪魔するよ。君たちは野営の準備を頼む。食費はこちらで持つからこれに水を汲んできてくれ」
商人はそう言うと、腰のポーチから銅製の鍋を出した。
恐らくはマジックアイテムのバッグだろう。この世界に来て、この種のマジックアイテムを見るのはこれが初めてだ。
「ふふっ、良いだろう。最近、国で開発されたマジックバッグなんだよ。もっとも、大量に収納はできないんだけどね」
どうやら僕の顔に出てたみたいだ。自慢するように言う。
そこに枯れ葉集めに奔走していたメイルが戻ってきた。
「拾ってきただに」
メイルは第三者の存在に気づくと、言葉すくなにそう報告する。
ここで余計な事を口走ると、奴隷とは思われない可能性があった。だから前もって決めていた通りに、簡潔に話したのだ。余計な詮索を受けないように。
「おや、この獣人は君の奴隷かい?」
「はい、そうです」
一瞬、メイルを見る男の目が鋭くなる。まるで品定めでもするかのように。
「いいね。実にいい。どうだろうこの獣人を私に売る気はないか?」
「残念ながら、売るつもりはありませんよ。これでも戦闘奴隷なんで、道中の護衛も兼ねてるんです」
「へぇー。尚更、ほしくなっちゃうな」
メイルを見る目が明らかに卑しいものの目に変わる。それを受けて、メイルは僕の背後に隠れるように移動した。
「ははっ、旦那がそんな目で見るから獣人が嫌がってますぜ!」
野営の準備をしていた護衛からそんな言葉が飛ぶ。
商人はそれを受けてかぶりを振るった。
「それは残念だ。紹介が遅れたね。私は魔法国で奴隷商を営んでいるザーツだ」
「僕は冒険者のソウジです」
「冒険者か。冒険者がなぜ奴隷を? いや、聞くまでもなかったね。一人での移動では体が休まらない。特に野営に関しては。違うかい?」
まるでどうだ、正解だろう。そう感じられる様に自信たっぷりに答える。確かに半分は正解だ。しかし、別に寝る時に結界を張れば、火の番を置かなくてもいいのだ。それに気がついたのは五日前だが。
北方連合へ向けて樹海の中を進んだ時は、どんな大型の魔物が出ても対応できるように交代で眠った。その癖が抜けきっていなかったのだ。翌朝、思い出した時にメイルから恨み言を言われたが、今では良い思い出だ。
でも、この商人には手の内を見せない方がいい。
何となくだがそう思った。獣人を商売道具としか見ていないこの男には。
「さすがですね。その通りです。野営の間は僕が眠り、奴隷に火の番をさせてます。だから、護衛も務まる獣人が必要だったんですよ」
「なるほどね。なかなか首を縦に振らないのも頷ける」
「商人さんが扱ってるのは獣人だけですか?」
丁度いい。魔族と人族の争いについて何か分かるかもしれない。そう思って話題を商人の得意分野へと持っていった。
「いや、人族なら犯罪奴隷、借金奴隷も扱ってる。獣人は言わずもがな、あっ、そうそう。滅多には売りに出ないけど魔族なんかも扱う事があるよ」
「へぇ、それは手広くやってますね。しかし、魔族なんて危険な人種をよく捕まえられましたね」
「ははっ、ここからは極秘事項だけどね。魔族なんて魔法が使えなければ、人族と何ら変わらないんだよ。これは大きな声では言えないけどね、最近、魔法を封じるマジックアイテムが開発されたんだ」
「へぇ、それはスゴいですね。それなら、人族は魔族と争いになったら……勝てますか?」
「それはどうだろうね。魔族を捕まえない事にはマジックアイテムを着けられないから……。現時点では、魔法国も魔族と事を構えるつもりはないんじゃないかな」
なるほどね……。
どんな手を使うかは不明だけど、魔族にマジックアイテムを着ける事ができれば奴隷にして売ることも可能という事か。
そして、少なくとも過去に例はあると……何だかきな臭くなってきたな。
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