第188話、宗っち、求婚する!
ボルケーノと別れた僕とメイルは、魔法国ストロークへ向かった。
噂でしか聞いた事はないが、魔法国はこの大陸で一番栄えている国だという。
市壁は石の壁で築かれていて、何者の侵略も許さない。そんな大国だ。
メイルを連れていく上での問題点を一つ上げれば、魔法国は獣人への蔑視が特にヒドい。誰の所有物かハッキリとしていない獣人は見つかると奴隷に落とされる。
そもそも、魔法国に獣人を連れていく時点で、その獣人は奴隷なのだ。
今回、その対策も建前上は取り繕ってる。
「私はこれでソウジの奴隷だに!」
首に奴隷を示すチョーカーを着けたメイルが嬉しそうにそんな事をいう。
「メイル、それは奴隷の証だぞ? そんなもん着けて嬉しいのか?」
「知らない人に着けられたなら嫌だに。でも、ソウジは別だに!」
昔、実家で飼ってた犬は首輪を極端に嫌がる犬だったからな。狼人族のメイルが喜んでいる意味が分からない。まぁ、どうせ形だけの奴隷契約だから本人が気にしなければ何も問題はない訳だが……。
ボルケーノと別れてからの道順は、トリアムスの街を通って行く事になる。
トリアムスの街はブロジールに破壊されたから、復興作業の真っ最中だと思う。道すがらすれ違う人とは、なるべく顔を合わせないように外套で顔を隠した。
僕たちは魔族と結託していた事になってるからだ。誰が好き好んで居場所を失うマネをするというのか。
そんな噂を流したヤツの頭の中をのぞいてみたいものだ。
「もうすぐトリアムスだに……」
僕の隣で手綱を引くメイルも、トリアムスの街に近くなると意気消沈する。
借家だったにしても、メイルが長年暮らした街だ。メイルなりに思い入れは深かったのだろう。僕としては一週間しか住んでいないから微妙ではあるが。
「そっか。あれだけ破壊されたら立て直しは厳しそうだけどね」
「ブロジールはバカだに。本当に迷惑な女だったに」
口ではこんな事を言っていても、ルイジムスの国までの道中でだいぶ仲良くなってた。それを思い出すと含み笑いが出る。
「ふふっ。その割に楽しそうだったけどな」
「それは錯覚だに。次に会ったら今度は負けないだに」
ブロジールVSメイルか……。
魔法の苦手なメイルではちょっと厳しい。前回はブロジールがメイルを弄んでたからそれなりに形になってた。でも、ブロジールが鞭だけでなく、魔法を使い出したらメイルに勝ち目はないだろう。
「まぁ、そんな事はないと思いたいけどね」
魔族と交流を深める中で、僕の先入観は崩された。ライトノベルに出てくる魔族は戦闘狂で悪逆無道な行いを繰り返し、人族を蹂躙していた。それが、実際は気の良い者たちだったなんてな。本当の悪人ならこっちも躊躇うことはない。
だが、性格を知ってしまうとどうしても憎めない。
「問題は、どうしてこんな事をしてるのか……なんだよな」
「うん? なんだに?」
「あぁ、うん。魔族って最近までは人族と戦ったりしてこなかったんでしょ? それが、どうして人族の国を襲うようになったのかなってね」
「魔族は戦闘狂だに。だから、強い人と戦いたいだけだに!」
「それなら街を破壊したりする必要はないだろ?」
メイルは考えるように頭の上に乗ってる茶色の耳を触る。時折風に揺れるダークブラウンの髪は柔らかく、ふわふわと風になびく。メイルと知り合ってまだ一月程度だけど、残念ながらモフった事はない。獣人にとって耳や髪を触らせる行為は、番いになる者だけに許された特権だからだ。
この世界では獣人と人族が結ばれる事はまずない。形だけの夫婦にならなれる。だが、遺伝子の関係かは知らないけど、獣人と人族の間に子供はできないらしい。
人族はそれを逆手にとり、獣人の女性を奴隷として購入する。
裕福な奥さん連中も旦那が人族の女性と浮気するよりも、後腐れない関係を保てる獣人の女性の方がいいと思っているというのだから驚きだ。
隠し子騒動で家の中を引っかき回されるよりは、性処理だけの相手の方が気楽でいい。といった所か……。
獣人の国を建国した際に、獣人の婦人からそんな話を聞いた。
トリアムスの街も魔法国ストロークに属する。獣人であるメイルが、なぜそんな危険な街に一人で暮らしていたのか。これには訳があった。
メイルが生まれる前に、冒険者をしていたメイルの母親は一人で獣人の村を出た。村を出た理由は今では分からない。しかし、お腹の中には既にメイルがいた事は確かだ。
メイルの母はトリアムスの街に着くと、冒険者として生計を立てた。
しばらくして人族の男性とパーティーを組んだメイルの母は、身重になると人族の男性と結ばれたらしい。
獣人と人族では子供はできない。これは覆せない理だ。
当然、メイルの父親もそれは知っていた筈。それでもメイルの母と結婚した。
メイルは両親の愛情を受けてすくすくと育つ。当然、人族と獣人の夫婦は珍しく街では浮いた存在だったらしい。でも、年月が経つにつれ、住民たちに受け入れられるようになった。
そんなある日、メイルが一〇歳の時に、両親は討伐に失敗して亡くなった。
一人残されたメイルを、奴隷にしようと考えた人は居なかった。この街で生まれ育った子供として同情されていたのだろう。
メイルは両親の借りていた家を継続して借りると、生計を立てるために冒険者になった。だけど、子供のメイルとパーティーを組む人は現れなかった。
一人で薬草採取や雑用の依頼を受けて、何とか自活できるようになるまで二、三年の月日が掛かった。その間に両親の残してくれたお金も底を尽き、両親の形見も売り払った。一人でゴブリンやオークを倒せる様になったのはごく最近の事だ。
そんな時、僕が街にやって来た。
後は語るまでもないだろう。
僕はトリアムスの街に思い入れは少ないけど、メイルは違う。
魔法国へ向かう街道の左側に、廃虚と化した街が見える。少数の人々が新しい家を作ろうとしてた。その様子を寂しそうに見つめるメイルの頭を僕は撫でる。
感傷に浸るメイルを見て、僕はただ慰めたかった。
「なッ……にゃにをするに……」
驚いた面持ちでメイルが振り向く。
「えっ、何だかメイルが溶けてしまいそうな感じだったからさ」
「にゃからといって、獣人の頭を触るなんて……」
その言葉で思い出した。獣人の頭に触れられるのは番いだけ。
「あっ……」
「そうだっただに。ソウジは私を……ちょっと待つだに。心の準備をするだに……」
「あ、アノデスネ……メイルさん」
「何でカタコトなんだに? 分かったに……この求婚受け入れるだに!」
あれ……何でこうなった。
お読みくださり、ありがとうございます。
カクヨムとなろうのアクセスがあまりに違うので、様子見で四日サボりました。
すみません。お陰でこの作品の評価が良くわかりました。
ここまで応援してくださった皆様、ありがとうございます。
宗っちの物語も終盤に入ります。掲示板も、LIVE配信もない中、お付き合いくださりありがとうございます。