第175話、宗っち、魔族とバトル。②
「へぇ、アタイの部隊を倒したのか……」
うん、俺も宗っちがここまでやれるとは思わなかった。予想外だぜ。でも、いい。こうじゃないとな。ヒーローは。
「できれば引いてくれないかな? そうじゃないと……殺してしまいそうだ」
ほぉ。宗っちも負けてないね。セリフもカッコいいじゃん。でもさ、悪いヤツなら殺しても良いんじゃね?
まさか、魔王を殺すなって条件を履き違えてんのか。
この女どう見ても戦闘狂じゃん。バトルジャンキー相手に、それで戦えるのか?
「ふん。口先だけじゃない事を期待するよッ。アタイを楽しませておくれ」
ブロジールは小躍りすると、その場からかき消える。すぐ後には宗っちの斜め後方にいた。突き出される手刀。一方、宗っちはブロジールの動きを捕らえていない。完全に見失ってた。手刀は宗っちの首に突き刺さる……と思われた。
だが、その刹那――宗っちはしゃがみ込んでいた。
すげー宗っち、今のをかわすのか。と思いきや。
「ちょっとタイム。靴紐がほどけた。だからタイムね」
ぶはぁ。おいおい、真剣勝負の最中にそれはねぇだろ!
「チッ……どんくさい男だね。早くしな!」
えっ、今の大丈夫なの? 普通はそのすきに殺すよね? もしかして、本当にタダの戦闘狂なだけなのか……。
いや、宗っちの事だ。きっと何か考えがあるはず。多分、時間稼ぎをする間に、敵の弱点を探ってるに違いない。
と、思ったら……何、ブロジールの胸見てニヤけてんだよ!
宗っちの視線に気付いたブロジールが、色っぽい表情で唇を吊り上げてる。
「ふふっ、全く男共ときたら……。いいよ。あんたが勝ったら好きにしなッ」
「えっ、マジ……」
ぶはっ。完全に乗せられてる。と言うか、宗っちってアロマみたいな切れ長の目の女が好みなのか。時代が違って良かったぜ。ヘタに手を出されちゃかなわねぇ。
「あぁ。ただし……アンタが勝てたらねッ!」
ブロジールは、宗っちが靴紐を結び終わるや否や、強烈な蹴りを放つ。宗っちの尻に……。蹴られた拍子にもんどり打つ宗っち。その勢いのまま地面に転がった。
ブロジールは尚も、勢いを弱めない。一気に距離を詰めると、腰をあげた状態の宗っちの首に再度蹴りを飛ばす。だが、これは宗っちが横に転がる事でうまくかわした。
へぇ。宗っちまだ頑張るのか。ただのスケベじゃねぇな。さすがだぜ。
でも、相手が悪すぎたな。格闘経験のない宗っちに対し、相手はバトルジャンキーだ。どう見ても経験の差が如実に表れてる。
「なんだいだらしないねぇ。アンタの力はその程度かい?」
「ふっ、まだこれからだ!」
うーん、威勢はいいんだけどな。どう見ても宗っち大汗かいてるだろ。
それはきっとブロジールにも見抜かれてる筈。ちょっと厳しいか。
「そうか。せいぜいアタシを楽しませておくれッ」
ブロジールはそう言うなり、腰から鞭を取り出して振るう。それを宗っちはテレプスで回避した。現れた先は、ブロジールの遙か後方。
「ブリザード」
宗っちが極寒の息吹をブロジールに放つ。
しかし、魔力感知に優れているブロジールは、すぐさま突進。宗っちへと駆けだした。的を外されたブリザードは誰もいない地面を凍らせる。
「ははっ。魔法を使えるのは褒めてやる。けど、遅いよ。まだまだだッ」
再び鞭が宗っちを襲う。対する宗っちは、バックステップでそれをかわした。
あれ、宗っち。ブロジールの攻撃に目が慣れていってないか?
歯嚙みするブロジールから再び鞭が振るわれる。体を狙ったその一撃も、宗っちは縦横無尽に駆ける事でかわしていく。
「へぇ……」
ブロジールの唇が愉悦に歪む。
次の瞬間、ブロジールの姿がかき消えた。と思えば、既に宗っちを間合いに捕らえる。今度は宗っちに見えていない。突然、目の前に現れたブロジールを見て驚愕している。そこへ、ブロジールの手刀が宗っちの首元へ突き刺さる。だが、十センチ手前で結界に阻まれた。
「チッ。アタイの手刀でも壊れないのか……厄介なッ」
結界は押される力を吸収する事はできない。でも、剣、牙突、弓矢、魔法に対しては効果を発揮する。体内に内包するマナが弱ければ、今の一瞬で結界は消し飛んだ。だが、宗っちは迷い人だ。実際には俺が召喚した訳だが……。内包するマナは魔族よりも多い。
「ははっ。最初は驚いたけど、たいした事ないね」
「チッ……ほざけ!」
ああ、なんで挑発するかな。戦い慣れしてるという意味では、ブロジールの方が上なのに。まさか、何か作戦でもあるのか……いや、ないな。俺との時も、ただがむしゃらに攻撃してきただけだ。だとすると、ヤバいかな。
ブロジールは一気に距離を詰めてくる。宗っちも近づけまいと動き回る。
だが、それにも限界が来た。徐々に動きが遅くなる宗っちの腹に、ブロジールの蹴りが炸裂した。これは打撃だ。押される力を吸収できず、吹き飛ばされる。
「うぐッ……」
無様に地を転がる宗っちへ追い打ちを掛ける。横たわる宗っちへブロジールの蹴りが入る。と思われた瞬間――宗っちがブロジールの足首を掴んだ。
足元をすくわれてひっくり返るブロジール。すかさず宗っちがブロジールのみぞおちへ手を置いた。一瞬の出来事だった。手のひらに溜め込まれたマナが、ブロジールの体を打つ。ウインドハンマーだ。
へぇ。距離を開けるとかわされると思って、逃げ出せない体勢に持っていったのか。なかなかやるじゃん。でも、まだ終わってねぇ。
「ぐあぁぁぁぁ」
ブロジールは内蔵を抉られる苦痛に喘ぐ。そこへ二度目のウインドハンマーが突き刺さる。
「あぁぁぁぁぁん……」
尚も、宗っちは追撃を止めない。ブロジールも立ち上がらない。繰り返される宗っちのウインドハンマーに、ブロジールの悲鳴が轟く。
「あぁぁぁぁぁぁ」
まだだ。まだブロジールの意識はある。意識を刈り取ろうと、三度目のウインドハンマーが突き刺さる。
「あぁぁぁぁぁぁん」
再び繰り出された魔法にブロジールの体が悶える。はい?
何かが違う。何かが……。その違和感に宗っちが攻撃を止める。すると、ブロジールから懇願するような叫び声が漏れ出した。
「もっとぉぉぉ。もっと強くぅぅー」
「…………………………」
俺も、宗っちもこれには絶句する。
この女。バトルジャンキーの癖にドMであった。
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