第171話、LIVE配信者、異世界に降り立つ。
真っ白な世界で、モニターを見ている。
それには、あらゆる人物、自然現象などの事象が映し出されていた。
勇者から勇者の力を取り上げれば、麗華さんの両親は死なない。
そして、堕天使のいないこの世界では、魔王の暴挙もない。
そう、ない筈だった。だが、現実はどうだ……。魔王は堕天使の介入がなくとも世界制覇に乗り出す。こんな未来は予想しなかった。いっそ、魔王の脳をいじくって真人間にしてやろうとも考えた。
だが、もともと神が現世に介入する事が間違いなのだ。
それに……争いはしているが、魔王は悪い人物に見えない。玉座に座っていない時は、普通の優しい父親を演じている。ここで本当に魔王を倒していいのか。
神の領域で一人悩み続ける。
現代を見れば、麗華さんは予定通りフランス留学の真っ最中だった。
そして、剛人さんは両親の会社に入社し、バリバリと辣腕を振るってる。
そして生まれたてのサラフィナは、両親の愛情を一身に受けてた。
ブラッスリーは……うん、相変わらずだな。勝手気ままに眷属を従え暴れてた。
そして気がかりだったアロマは、見つからない。
どうしてだ。なぜ……と思った。だが、過去の時が違う事に気づいた。
サラフィナが生まれたばかりと言うことは、アロマが生まれる三百年前だ。
「ふぅ。焦ったぜ……」
良く見れば、ザイアーク王国も、サラムンド帝国もまだできていなかった。それならば仕方がない。だが、魔王の勢力は順当に人族の領域を侵している。
「あれ、このまま行くと……ザイアークも誕生しないんじゃね?」
もし、そうなれば、アロマが侯爵家に生まれる可能性は消える。それ所か、そもそも誕生すらしない可能性だってある。
「ヤバいじゃん」
うーん……。神の領域で今日も一人。悩み続ける。
「やっぱ、勇者の存在は必要不可欠だったのか……」
今さらというヤツだ。
石神が、この時間軸に迷い込んだ理由は定かでない。でも、帰したのは俺だ。
悩みに悩んだ末に……。一人の男に白羽の矢を立てる。
「あははは。理想的なヤツがいるじゃん。売れなかった時の俺みたいに、奇抜な動画で必死にひと目を引こうとしてるヤツがいるじゃねぇか。くくっ。まさか、最初は俺と同じ事をしてたとはな。知らなかったぜ……宗っち」
そして、現実時間の俺はというと、俺自身がその役を演じてる。
順調に会社に入り、史実どおり会社を首にされた。そして、現在引きこもり中。
でも、これで宗っちが異世界で配信者をすると、おかしくならねぇか?
うーん。アレだな。勇者だから別に配信しなくてもいいじゃんね。
宗っちはプロ意識は強かったけど、それは前の世界の話だ。女子にチヤホヤされれば満足だろ。よし、決めた。宗っち召喚!
宗っちは、道頓堀で川に飛び込もうとして、警察に注意されてた。
解放され、一人になった所で宗っちを召喚する。神の魔法で宗っちの足元に魔方陣が浮かぶ。あははははは、宗っちビビってる。おもしれぇ。
次の瞬間、宗っちは林の中にいた。
何していいのか分からないようで、立ち尽くしてる。
「おいおい、ボケッと突っ立ってたらゴブリンに襲われるぜ」
当然、俺の声など聞こえない。
宗っちの側にゴブリンが現れると、宗っちは一目散に逃げ出した。
「ぷっ。マジか。これが普通の反応なのかよ。俺、もしかして頑張った方か!」
必死に走る宗っちを見て、俺は腹を抱えて笑う。やばっ。神って楽しい。
尚も、ゴブリンに追いかけられる宗っち。次第にその距離は詰まる。
「えっ、これマズいんじゃね? 序盤で勇者死亡とかあり得ねぇだろ。全く、俺にさんざん偉そうに言っておいてこれかよ。……情けねぇ。仕方ない。手貸すか」
俺は宗っちの脳内に神の啓示を与える。簡単な下級魔法だ。
それを受けた宗っちは、あはは、驚いてる。驚いてるよ。
周囲を激しく見回して、誰も居ない事を確認してやがる。やっぱり神からの啓示なんて最初は疑うよな。
覚悟を決めた宗っちが、ゴブリンと対峙する。
「さぁ、宗っち。いけぇ行くんだ!」
宗っちは俺が教えたとおりの詠唱を始めた。
「我、万物創世の神、タケミカヅチに願う。我にあだなす魔物に神の裁きを……サンダー」
くはっ。俺の名前で詠唱とか、マジウケるッ。
宗っちの放った魔法は、宗っちの手前でゴブリンに襲いかかった。
あはは。宗っちビビってる。おもしれぇ。て言うか、自分で攻撃して腰抜かすとかどういう事だよ。こんなの昔のファンが見たらドン引きだぞ。
しかも、自分で放った癖に信じられないのか。両手を見つめてるし……。楽しませてくれる。
これなら宗っちを召喚して正解だったな。
さて、神の啓示をしねぇと。ここに放置じゃ危なっかしいからな。えっと、ここから一番近いのは、旧サラエルドの街か。なら南南西だな。ちょっと距離はあるけど、途中に街道もあるし大丈夫だろ。
【汝をこの世界を救う勇者に認定する。魔王の侵攻を食い止めろ、ただし、魔王を殺してはいけない】
啓示は。おっ、届いたみたいだな。必死により目にして文字読んでるよ。
なんでここで愕然としてんだ。神からの啓示だぞ。ありがたく頂戴しろって。
しばらく呆然と立ち尽くした宗っちは、啓示通りに歩き始めた。
「よし。これでいい。後はエルフが……あっ、旧サラエルドの街にエルフいねぇじゃん。もしかして、勇者と共闘する前だからか。チッ、抜かったぜ。となると、どうするか……はぁ。仕方ねぇ。ここだけ介入するか」
* * *
僕はどうしたというのか……自身に起きた事象をまだ信じられない。
さっきまで大阪にいた。道頓堀でLIVE配信をしてたはず。それが、なぜか林の中にいた。大阪は都会だ。こんな田舎じゃない。でも、現実問題としてここにいる。何が起きた。何が……。それにさっき襲いかかってきたのは紛れもないゴブリンだった。ゲームでしか見た事はない。でも、なぜか確信が持てた。
普通の人が緑色の肌なんてしてない。角も生えてない。
それに、さっき咄嗟に脳内に響いたあの声。胡散臭い商材の勧誘のような……。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、必死なあまり、言葉に出してしまった。
だが、その結果に驚きを隠せない。自分が怖くなった。
ゴブリンは僕の目の前で、黒焦げになって死んだ。
その後、視界に表示された文字を見て、何が起きてるのか悟った。まさか、僕が異世界へ召喚されるとは……。言葉もでない。この喜びをリスナーと分かち合いたい。でも、ネットは接続されていない。くそっ、バカな神め。
僕はLIVE配信者だ。気をきかせてネットくらい使わせろよ。
この世界の神に恨み言を呟きながら、僕は指示された街へと歩き出した。
お読みくださり、ありがとうございます。
もしかして、終わったと思われました?
残念ながら、まだまだ続きます。あしからず……。
ブックマーク、評価、ありがとうございます。現在、自己ベスト更新中です。