第170話、タケ、新世界へ。
「タケさん、おかえりなさい」
宗っちとの会話が終わるのを、側で見ていた麗華さんから声が掛かる。
無事に帰ってこられた事を喜んでくれている風に見える。まぁ、相手が相手だったからな。ずいぶん心配を掛けたのだろう。
ちなみに俺が転移で飛んだのは、侯爵家の玄関口だ。まさか宗っちがいるとは思わなかったけど。でも、やっぱり帰ってくるならここだろ?
ちなみに、宗っちは家から追い出した。夫婦水入らずで話し合うのに邪魔だからな。もっとも、誰も生きてない王都にいても宗っちも暇だろうけど。なに、宗っちにはノーパソがある。ネットがある。暇な時間をつぶす手段はいくらでもある。
「うん。ただいま」
「タケ様、よくぞご無事で……」
ははっ。サラフィナも疲れ切った顔して。本当に皆、心配してくれてたんだな。
「旦那様なら負けないと思ってたのじゃ」
その自信はどこから来るのかと、一度頭の中でものぞいてやりたい。だが、一人くらいはこんな嫁さんがいた方がいい。特に、これから話す事の前には。
「ブラッスリーもにも心配かけたな」
俺は三人の嫁の頭を撫で回す。あはは、皆、目をしばたかせてるし。こんな事、滅多にしないから当然か。でも、今日ばかりは許してほしい。
気の済むまで撫で回した。おかげで三人の髪の毛はくしゃくしゃになる。
さて、どこで話すのが一番いいか……。やっぱり、剛人さんも入れた方が良いか。エリフィーナの方は、まだ眠ってるようだし。休ませた方がいいかな。
「それじゃ、俺の部屋に行こうか」
皆の賛同を経て、俺たちはアロマの眠る部屋へと戻った。
ベッドの上には変わり果てた姿のアロマが眠ってる。当然だな。生命活動は停止してるんだから。
「アロマ、ただいま」
俺は気丈に振る舞う。もう取り乱したりしない。泣いてなんてやらない。
アロマの顔に未使用のハンカチを掛ける。そんな俺の姿を、三人の奥さんたちも温かく見守っている。しばらく立ち尽くした。アロマに黙祷を捧げるように。少しして、俺は自分に気合いを入れるために、左右の頬を両手でひっぱたく。
よし! 皆は既に椅子に座ってる。
俺も席に着く。アイテムボックスからノーパソを取り出すと、テーブルの上に置いた。モニターを開き、剛人さんへメッセージを送る。時刻は既に夕方だ。普段通りならすぐにオンラインに切り替わるはず。俺の思惑通り、テストサーバーは間もなくオンラインに切り替わった。
タカト:こんばんは。タケくん。
「剛人さん、こんばんは」
タカト:珍しいね。全員揃って、いや、アロマくんがいないか……。
「その事で、お話があって……今日、連絡をさせてもらいました」
タカト:うん? それはどういう……。
「はい。実は……」
俺は、獣人の国で起きた事。その間に堕天使に復活されてしまった事。その結果、ザイアーク王都の民、王族の全員が死んだことを話した。
タカト:それは、なんと言ったらいいのか………………。
平和な日本じゃこんな事はありえない。タカトさんが驚くのも無理はない。
タカト:それで髪の毛が金髪だったのか……またずいぶん若作りをしたものだ
と誤解したよ。
はははっ。今の俺の髪も瞳も金色だ。剛人さんに勘違いされても不思議じゃないな。でも、俺はこの世界で生きていくと決めた以上は元に戻すつもりはない。
この世界で金髪なんて珍しくない。麗華さんも金髪だしな。
ブラッスリーくらいか……日本に連れて行っても違和感がないのは。うん、目の色さえコンタクトで調整すればブラッスリーは日本人でも通用する。
サラフィナは……さすがに無理だろうな。白銀色の髪に翡翠の瞳だ。髪を染めて、コンタクトか。でも、耳が個性的だから無理そうだ……。目立つからな。
「ははっ。そこまでやんちゃじゃありませんよ。お義兄さん」
タカト:それで……アロマくん。ザイアークの皆さんを失ったタケくんは、これからどうするのかな?
「はい。その事をお話しようと思って……この席を設けました」
タカト:ふむ………………。
ノーパソの自撮り画面には、俺、麗華さん、サラフィナ、ブラッスリーが映ってる。普通のLIVE配信ならこんな事はしない。けど、これは親族会議だ。それを理解しているからこそ、普段、カメラの前に顔を出さないサラフィナも映ってる。
俺は全員の顔を見回す。
俺の口から吐き出される言葉を、待つ三人の顔が強張る。
あ、ブラッスリーだけはのほほんとしてた。
神の体を受け入れてから、何度も考えた。最初は、この神の力で死んだ者たちを生き返らせようと考えた。でも、万能な神の力で死者を生き返らせても、理に反する以上……無駄なのだと知った。無理に生き返らせれば、そのしわ寄せは必ず現れる。だから、死者復活の魔法は使えない。
それなら、最初からなかった事にすればいい。
「俺はこの体を手に入れて、あらゆる事を知りました。何が悪かったのか。何をどうすればより良い未来へ続くのか……」
タカト:それは……。
「……うぅ……タケさん……」「タケ様……」「うーん、わらわは嫌なのじゃ」
ははっ。これには賛否両論あるよな。分かってるさ。分かってるけど、それが一番なんだよ。でも、こうするのが一番いい。正直、これしか手はない。ブラッスリーが受け入れられないのも分かる。サラフィナが苦悩の表情を見せるのも理解できる。そして、麗華さんが……泣き出したのも。ごめん。本当にごめん。
俺は、神となった頭で。しかし、タケ個人としての悔恨の念から導き出した計画を全て話した。その反応は、俺に再考させうるに足りるほどだった。でも、これしかない。そう自分に言い聞かせ振り切った。
剛人さんとの通信を終えた後、四人で街へ買い物に行った。
店の主人は既に死んでいたけど、ちゃんとお金は置いてきた。そうやって食材を買ってきた俺たちは、麗華さんの手料理で腹を満たした。
最後の晩餐のつもりだった。
夜は使われていなかった客室で、四人で眠った。麗華さん、サラフィナは寂しそうだったけど、眠気に襲われるまで延々と話し続けた。最初にブラッスリーが眠り、次にサラフィナが……眠りについた。
もっとも、神である俺にごまかしは利かない。
俺はサラフィナもブラッスリーも起きているのに気付いてた。
でも、二人の気持ちに甘える事にした。
俺の隣で横になる麗華さんがむせび泣く。そんな彼女が愛おしくて、優しく抱きしめる。麗華さんがこんな風に泣くのは初めてだな。
「ごめん、本当にごめんね」
俺には、それしか言えない。それ以外のどんな言葉を掛けても、安っぽく感じたから。今、何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
だから……麗華さんが寝付くまでずっと抱きしめた。
朝早く、俺は一人でアロマの待つ部屋へ移動する。
俺の決心が揺らがないように。
三人は眠った振りをして俺を送り出してくれた。
アロマの顔に掛けられたハンカチを外し、顔を見る。うん、安らかな寝顔だ。
どうして俺のベッドに寝ていたのかは分からない。いや、知っている。
知っているけど、アロマに申し訳無くて口に出せないだけだ。
「はぁ」
迷いを振り切るように息を吐く。
そして、俺は熟慮した魔法を詠唱する。
「ワールドリトラクティブ!」
* * *
俺の体は林の中にあった。すぐ隣には樹海があり、季節は夏だった。
――しばらく待ち続ける。
どのくらい待っただろうか。生暖かい風が何度も頬をくすぐる。俺の足元に這い寄るスライムは、俺に触れた瞬間消滅していった。
そして、目当ての人物がやってくる。
「あっ……あれ? なんだここ……どうして……」
俺の目の前に、黒髪に茶黒の瞳の中学生がいる。
突然、こんな場所に迷い込んで、慌ててる様子が見て取れる。
「あ……ヤンキーだ………………」
俺に気付いて後ずさる。俺の髪の色を見て不良と勘違いしたようだ。
「あの……僕、お金もってないです」
「……この先に行きたいか? それとも大人しく家に帰りたいか? 選べ。全てはおまえ次第だ」
少年は渋面を浮かべる。でも、すぐに明確な回答を示した。
「えっと、家に帰してください。僕の家はお金持ちでも、裕福でもないです。それにお兄さんだって、け、警察に話されたら困るでしょ」
「ふふっ。あぁ。そうだな。分かった……帰っていいぞ」
俺がそう口にした瞬間……少年の姿は風とともにかき消えた。
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