第169話、タケVS堕天使。②
「よし、やったか?」
異次元の空間は聖なる輝きに満たされる。異次元の中の異次元から漏れ出すのは堕天使の怨嗟の悲鳴。
「ぐあぁぁぁ、おえっっ。あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ」
光はいまだ衰えず、いや、むしろ闇が完全に滅却されるまで輝き続ける。
俺は、光が収まるまでそのまま待機する。これで終われば幸い。だが、こんなものでは終わらない。そんな予感がある。これは天使の体を手に入れた、今だから分かる。完全に消滅させるにはまだ一つ足りない。
次はどの魔法を創造しようか、思考を巡らせる。すると、聖なる光が弱まった。
「うん?」
聖なる光が弱まっているという事は、悪しき者の魂が浄化され始めた。もしくは、聖なる魔法が押されてる?
俺は、この予測の立たない展開を見守り続けた。
一分が長く感じる。まだだ。まだ終わってない。これで終われば苦労はしない。
そして、見続けること五分。ついにその時は訪れる。聖なる光を包み込む様に、漆黒の靄が膨れ上がった。
「チッ、やっぱりな」
俺の呟きに反応するように、聖なる光は消滅した。そして、その場には片翼を失った堕天使の姿があった。
「……のれ、おのれ。おのれぇぇぇ。人間がぁぁぁぁ」
膨れ上がった悪しき魂は、漆黒の玉を形成する。堕天使が俺に手を伸ばしたとたん。その玉はその場から消え、俺の頭上に降り注いだ。
あん? これ重力魔法だろ、なんでこんな場所で……無重力に重力持ってきたって意味ないんじゃねぇのか。
そう思った瞬間、俺の体は激しく何かに押しつぶされた。
「なにッ」
「あはははは。死ね、死ね、死ねぇぇぇ。ゴミの人間に相応しい死に方で、死ね」
完全にキレてやがる。それにしても、何で、無重力なのに重力が発生してやがる。どういう……あぁ。そういう。なるほどね。
俺は激しい圧力で押しつぶされながら、天界の理の書を見ていた。
これは要するに、無重力の空間に回転を加えたボールを発生させただけ。俺の脳内に重力があるよ。重力で押しつぶすよって訴えかけてるだけのまやかし。
ふはっ。こんな手に引っかかるとは。俺もまだまだだな。なら、俺のする事は。
「ネオブラックホール!」
俺の頭上に発生しているグラビティの上にブラックホールを創造。それを今度はこちらが回転させて、堕天使に放つ!。
より高度な重力によって吸い寄せられる黒い玉は、そのままブラックホールに吸い込まれる。それを見届けると今度はブーメランの様に堕天使に投げつけた。
「なにッ」
この間、堕天使がグラビティを放ってからコンマ数秒。時間停止で時間を止めてる間に形勢は逆転した。堕天使が逃げようとする。だが、無駄だ。
光すら逃がさない空間。そこは移動も、転移も、時間停止さえ効果はない。
一度足を踏み入れれば、もう逃げ場はない。
「もう終わりだッ!」
「くそぉぉぉッ……ま、まさか、こんなモノを造り上げるとは」
ふん。堕天使に落ちたおまえの勉強不足だよ。そう、普通に世界の管理を行って星々を見ていれば気づけた筈だ。未来の一欠片さえ、覗けば分かった筈なんだ。
全知全能な神の本当の力を……。
だが、それをおまえは人間界に固執したために疎かにした。それが敗因だ。
堕天使は、重力に抗えず飲み込まれていく。渦を巻き、その途中で体をバラバラに引き裂かれ……。
「うあぁぁぁぁぁぁぁーーーー」
最後は、微かにしか聞こえない叫びをあげて。堕天使は消滅していった。
「さて、これをどうするかな。堕天使の魂がまだ残ってると過程しても、数億年じゃ復活はできねぇだろ。ブラックホールの生涯は長い。確かに時間の経過に伴い縮小して消滅はする。だが、それは星の生涯に匹敵するからな。まぁ、生きてたら数十億年後にまた会おうぜ。そん時はまた相手になってやるよ」
独りごちた後で、俺はスプリルボイドを解除した。ふっ、さすがに疲れたぜ。神様になっても疲労はするんだな。
王城跡地に降り立つと、一人の少年が立っていた。
黒髪に茶黒の瞳の日本人だ。しかも年頃は中学生くらいに見えた。
「よぉ。勇者。さっきは助かったぜ」
「何の事でしょうか?」
ははっ、神にごまかしは効かねぇ。全く、悪ぶりやがってガキが。素直じゃねぇな。コイツは。だから、人間に良いように利用されんだ。
「まぁいい。で、おまえも俺とやるのか?」
こんなガキを相手にしても仕方ねぇ。でも、まだザイアークにちょっかいを掛けるなら。お仕置きが必要だからな。
「いや。止めておくよ」
ふん。本当に素直じゃねぇ。顔を真っ青にして言う言葉かよ。あはは。本当にガキだな。くくくっ。
「……そか」
勇者は俺に背中を向けて歩き出す。さて、これからが大変だな。俺も早いところ家に帰らないと。はぁ、こっからの説明が面倒なんだけどな。
「あっ……エリフィーナさんは?」
行ったと思ったら振り返りやがった。そか。それで……。なるほどね。
「んあ? あぁ。エリフィーナの知り合いだったのか。彼女なら無事だ。勇者のおかげでな。ありがとうよ」
「ふっ。良かった……」
ちっ。何が良かっただよ。そんなに心配なら顔くらい出してやればいいだろうに。本当に……ガキだな。まぁ、俺も人の事は言えねぇか。
立ち去る勇者の後ろ姿を見送った俺は、侯爵家へと転移した。そこには……。
「あれ? タケくん。どうしたんだい。その髪は……おっと、そんな事より。何があった。僕の妻たちが皆、死んでたんだよ。僕がネットをしてる間に……」
あっ、宗っちの事忘れてた。
というか、今まで気付かなかったのかよ。王都中の人々が死んでるっていうのに。エリフィーナでさえ瀕死だったが、やっぱ宗っちのマナが多かったからか。
マナの少ない人間は全て干からびた。マナが多いエリフィーナですらアレだ。でも、それ以上のマナを保有してる迷い人は別格だったという事か。
だが、もしかすると、宗っちがネットで遊んでたから勇者が気付けた可能性が高い。勇者ほどの力があれば、魔力察知で異変に気付けたからだ。
なるほどね。そう考えると、宗っちのお陰とも言えるのか?
いや、そんなもん認めねぇ。
自分の奥さんが皆死んでるのに、暢気にネットだぁ?
やっぱ、宗っち最低だな。
「それは災難だったな。でもな、俺もアロマを失った。はぁ、それはいい。んで、何で宗っちはここにいる訳?」
「それは決まってるじゃないか! 家族を失ったんだよ。こうなったら……」
「こうなったら?」
「新しい女を作るしかないじゃないか!」
「ぶはっ。もういい。宗っちはあっち行ってろ」
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