第168話、タケVS堕天使。①
真っ二つに切断された俺の体は、そこではじけ飛ぶ。
「ふふっ、この程度では死なないか」
霧散した靄を見て堕天使が愉悦に口走る。
そして消し飛んだはずの俺の体は、堕天使の背後に現れた。
堕天使と同じ、いや、違う。堕天使の黒い翼と対照的な、白い翼を広げ宙に浮く。その状態から渾身の力が入った蹴りが炸裂する。
「はぁぁぁぁッ」
しかし、これはわずかに翼を羽ばたかせただけで呆気なくかわされた。
ブンッ、空中で空振りした蹴りから虚しい音が鳴る。
「チッ……」
「ははっ、まさか神の領域に踏み込むとは愚かな人間よ」
堕天使は余裕な面持ちで俺を挑発する。
「ふざけんなッ。愚かなのはおまえだ!」
再び姿を消した俺は、その一瞬で堕天使に纏わり付く。首に腕を回した所で堕天使の体は霧散する。そして現れたのは俺の背後。
「小賢しいんだよ!」
堕天使の手のひらが俺の背中に触れる。次の瞬間、激しい衝撃波が俺を襲った。
「……がぁッ」
吹き飛ばされた俺の体は、唯一、王城跡地で残された塔に激しくぶつかる。胸を強打した俺の体が、地上へ落下を始める。だが、堕天使はそれを許さない。
「あはは、愚かしい。実に愚かしい。神の領域に踏み込み、体まで変化させておきながらそれかぁぁぁ!」
堕天使は落下する俺の真下で待ち受ける。堕天使と俺の体が接触する刹那、堕天使の腕が漆黒の剣に変わった。その鋭い剣先は、俺の体を貫こうとする。しかし、その瞬間、俺の体は宙へ舞い上がった。
「チッ」
堕天使が舌打ちする。宙に浮かぶ俺と、地上の堕天使の視線がぶつかる。
さすがにこの程度の動きじゃ厳しいか。さすが堕落したとはいえ、元天使なだけあるな。だが、それもここまでだ。やっとこの体にも慣れてきたからな。それにしても、自分の手を剣に変えられるのか。もしかして、俺にもできるか?
見よう見まねで肘から先を剣にするイメージを浮かべる。
「ははっ。できるじゃねぇか」
俺の右腕。正確には右の上腕から下は白磁の剣に変わっていた。それを見る堕天使の顔が口惜しそうに歪む。
「人間が何だって? 何だよその顔は、自分だけ高みにいるつもりだったのか?」
「うるさい!」
堕天使は翼を震わせると、一瞬で俺の目の前に現れる。そして突き出される漆黒の剣。それに対し、俺も白磁の剣で応戦する。しかし、剣の腕は明らかに向こうが上。簡単に捌かれ、勢いの乗った俺の体が前のめりになる。勝ち誇った様に堕天使の唇が吊り上がる。
その瞬間、俺の腹部に剣が――刺さらなかった。
俺は瞬時にテレプスで距離を離している。堕天使の額に筋が立つ。
「ははっ、やっぱ使った事がないと豚に真珠だな」
そう負け惜しみを漏らす俺。
「ならさっさと消えてくれないか!」
俺との距離を詰めに、堕天使の姿が消える。そして現れたのは、俺の目の前。漆黒の剣が俺の首を取りに来る。そこで、スプリルボイドを発動した。一瞬で暗転する視界。姿勢制御もままならない無重力の空間。堕天使の振るった剣が空を切る。
「ははっ。ここならどんな魔法を使っても地上に影響はねぇ。得意分野で戦わせてもらうぜ!」
「ほざくな! 人間風情が!」
「はん。人間はもう辞めたんだけどなッ」
俺は目の前に目に見えない足場を作ると、それを蹴り上げ一気に堕天使との距離を離す。そして、距離が離れていく瞬間に、その場に置き土産をする。その名も、神級魔法フレアオーバー。俺が異次元空間を選んだ最大の理由。その場に、太陽を顕現させた。
灼熱のフレアから離れて行ってるにもかかわらず、その熱は俺をも巻き込む。
ジリジリと肌が焼けるように痛い。でも、これでいい。
俺が苦痛を覚える程の魔法じゃないと、堕天使にも通用する訳がないから。
堕天使はフレアに晒されると、苦悶の表情を浮かべるも一瞬。すぐに唇が吊り上がった。そして漏れるのは含み笑い。
「くっくっく……」
ちっ、やっぱこの程度じゃ無駄か。
「あっははははははははッ。これが人だったモノの攻撃か。どんなにスゴい威力かと身構えれば、拍子抜けだな。竜頭蛇尾って言葉を知ってるか? おまえの事だよ。最初だけ勢いはいいが、後が続かない。しょせん、人間なんてこんなものか」
「ほざけッ!」
くそっ、神VS神の戦いなんてどう決着をつけて良いのか知らねぇぞ。
だいたい、それができなかったから女神達はコイツを封じ込めるに止めてたんだから。
堕天使が両腕をクロスさせると、ドス黒い何かが襲いかかる。ん、今何かしたのか……異次元空間が災いして攻撃が見えない。次の瞬間、俺を何かが包み込んだ。
「……なッ」
「あはははは。本当に弱い。おまえはタダの人間だったって事だ」
俺は異次元にいたはず。なのに、まるでもう一度異次元に飛んだ様に漆黒の深淵に上塗りされた。俺の視界には堕天使も、フレアオーバーの残滓も映らない。
「はぁ? どこだ……ここは」
「おまえはそこで燃え尽きろ!」
堕天使の声が響いた瞬間、灼熱のフレアは突然この中に出現する。うわっ、あっち、熱い。なんだ……熱いじゃねぇか。
「ははは。これはおまえの魔法だ。自ら放った魔法で藻掻き苦しめ!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺の衣服は燃え尽き一瞬で塵となる。その熱は俺の体を襲う。逃げようにも逃げられない。テレプスで熱から逃げようとしても、移動する事すらできない。
それで気付いた。そっか。そういう事か……。ならッ。
俺はとっさに魔法を創造する。異次元に作られた異次元の牢屋。そこから脱出するために。脳裏に浮かべるのは王城跡地。そして、二重に張り巡らされたスプリルボイドを解除した。
その瞬間――俺の体は王城跡地に足を付く。
堕天使の姿はない。ということはヤツはまだあの中だ。再度、スプリルボイドで異次元へ戻る。俺の前方に、愉悦の表情で立ち尽くす堕天使の姿を見つけた。やられたものをそっくりお返しするぜ!
俺は堕天使に対して、幾重にも張り巡らせた異次元の結界を放った。
目の前から堕天使の姿が消える。よし、捕らえた。それじゃ、次は……さすがにフレアオーバーでは物足りない。これならどうだ……ホーリーデストラクション。
これも神級魔法だ。聖なる光で悪しき者を滅却する魔法。
幾重にも創造された狭い檻の異次元空間。その中に、聖なる光が入り込む。
そこは、異次元であることを忘れるほどの輝きに満ちていた。
お読みくださりありがとうございます。
それと、またまたポイント自己ベスト更新しました。本当にありがとうございます。