第167話、タケ、王城跡地に立つ。
「あっ、気付いたんですね!」「はぁ。間違いなくタケ様です」「誰なのじゃ。コイツは」
ふふっ。二人して安堵の表情を浮かべて、本当にかわいいんだから。ほら、早くその涙を拭いて。もう大丈夫だから。それにしても、ブラッスリーは何言ってんだよ。勝手に婚姻を結ばされたのは俺の方だっていうのに。俺を忘れたのか?
「もう大丈夫だよ。それより、やることがある」
「やることですか? でも、侯爵家の皆さんは全員……」
「うん。知ってる。でも、まだ災厄を引き起こした堕天使を倒してないでしょ」
記録室で全て見た。麗華さんとサラフィナ、ブラッスリーが目撃した全部。
だから、アリシアもガリアンも、他の全員が死んでたのも知ってる。
そして、今回の元凶。堕天使とそれに操られた愚かな人間の事も。
何もかも全て、俺には分かってる。だから、倒さなければいけない。これ以上、被害を広げないように。
「そ、そんな。無理です。タケ様……だってもうタケ様に魔力は……」
「ははっ。さっき言っただろ。俺は生まれ変わったって」
何でそんなに心配そうなんだよ。今の俺は前とは違うんだぜ。
まぁ、これまでがひどかったからな。そう思われても仕方がないか。
でも、本当にもう大丈夫だから。
さっさと、堕天使を始末しようぜ。それをしないと全てが始まらないからさ。
「本当に大丈夫なんですね?」
「あぁ、サラフィナ。もう大丈夫だ。俺はもう間違わない」
「分かりました。ご武運を……」
ははっ。サラフィナ……ゴメンな。期待させたのに……俺がこんな結末を用意したと知ったら。やっぱ、幻滅されるかな。でも、やるしかないんだ。ゴメン。
「タケさん、それでその髪は……」
「うん。麗華さんも、全部終わったらちゃんと話すから。それまで待ってて」
アノ話をすれば、きっと麗華さんは複雑な心境に陥る。だから、できるだけ先延ばしにしたい。それに俺もこの決意が揺らがない保証なんてない。とにかく今は、戦いに集中したいんだ。
「堕天使は恐らく王城跡にいるのじゃ」
ふふっ、ブラッスリーは本当にブレないな。
この場面で、こんなヤツがいてくれた方が、気は滅入らなくていいけどさ。
「うん、ブラッスリー。分かってる。アイツ、皆からマナと生気を吸い込んで調子に乗ってやがる。さっさと消滅させてくるよ」
戦いの幕開けを宣言した俺の体は、侯爵家から一瞬で消えた。
そして、何度も足を運んだ王城跡地に姿を現した。
そこには、真っ黒な靄のかかった人影がいた。黒い靄は人型を中心に、王城全域に広がっている。ここで何をしようとしてたんだか。
どうせ碌な事じゃないな。どの道、これから滅びるコイツらには関係ない話だ。
「いろいろとやってくれたな」
全く、親族全員を生贄にしてまで力がほしかったのか。愚かだな。
「おぉぉ。タケではないか。戻るのが遅かった様だな」
「はん。これでも精一杯頑張ったんだけどな」
「ははは。だが、もう手遅れだぞ。私は力を手に入れた。もう貴様などに怯える必要はない。頭が高い。面を下げろ!」
黒い靄に包み込まれたのはザイアーク国王だった。すっかり人じゃなくなりやがって。金髪は黒髪に、目は金色に、そして体は二倍に膨れ上がってる。
あっ、この姿どこかで見たと思ったら、俺が女神の寵愛を受けた姿と同じか。俺の時は髪の色までは変わらなかったけど……。この程度の力のために、世継ぎの王子夫妻を、王妃を、幼い王女たち、そして全ての王都に住む人間を殺したのか。
嘆かわしい。どうしようもない大バカだぜ。
面を下げろと口走った瞬間、俺の体を押しつぶさんと重力魔法が襲いかかった。
だが、そんな二番煎じが通じるかよ。
俺の体から金色のオーラが立ちのぼると、重力魔法はあっさり霧散した。
「なっ、なぜだ。私の魔法を弾く人間などいないはずなのに……」
「何を驚いてんだよ。確かに人なら厳しかっただろうな。でもさ、今の俺は人じゃねぇ。陛下、悪いがおまえはここまでだ。早く死んで、堕天使と変われや」
「ぬぉぉぉぉ!」
くぐもった声をあげると、陛下を包む黒い靄は一気に膨れ上がった。周りの瘴気を吸い込んで威力を増幅させようとしている。
しかし……無駄なんだよ。人の身である以上はな。無意味なんだ。
無詠唱で放たれた魔法は、空中に雨雲を作ると稲妻を降らせる。夥しい電流が俺に直撃する。しかし、俺の体を包み込む黄金の結界がそれを弾いた。
「なぜだ、なぜ、おまえなんだ。私は全てを捧げこの力を得た。貴様などに劣る筈はない。なのに、なのにぃぃぃぃ」
魔法を使うごとに、肉体があらわになる。
視界に映る衣服からは、溶け出すように皮が、肉がこぼれ落ちる。中途半端なんだな。どこまでも腐って……。やっぱり人族の体に神の力は多すぎたんだ。
まぁ、俺も再生しなければ厳しかっただろうけど。
正直、衣服の袖口から滴る肉、汚物。裾の間から垂れる腐った肉体をいつまでも見ていたいとは思えない。
「もういいよ。さっさと堕天使に代われや!」
俺が軽く指を上下させただけで、天空から聖なる光が降り注いだ。使用したのはホーリーライツだ。ここに到着した時以上の威力を持つマナの奔流は、溶けかかった陛下の体を呆気なく浄化する。
腐った肉体は、欠片すら残さず消え去った。
しかし、肉体は消えてもまだ広範囲に広がる黒い靄が残ってる。
「勿体づけないで出てこいよ。いるんだろ? 堕天使カスピエル」
名前に反応したのか、広範囲に散らばった靄は一気に収束する。
一つの塊を形成すると、そこには一人の天使が立っていた。ただし、普通の天使じゃない。瞳は金色、だが、他の全てが漆黒に落ちた堕天使だ。漆黒の翼を羽ばたかせて宙に浮いてやがる。
「やっとお出ましか。三〇〇年ぶりだったっけか? 前回地上に降りてから」
コイツの事は記録室で見た。前回、地上に現れた時は三百年前。
ザイアークの国王にしたように、野心家だった魔族の王の心に入り込んでた。
結果は……。勇者に魔王は倒され、力をためる前にコイツは女神に閉じ込められた。全てはコイツから始まってたんだよな。
「ふふっ、人間風情が小賢しい。死ね」
死ねと言った瞬間に、俺の体に黒の円環が纏わり付く。そして、それはあっという間に俺の体を半分に切り裂いた。
お読みくださり、ありがとうございます。