第166話、タケ、再生する。
「タケさん、えっ……タケさんの髪が……」「タケ様、タケ様。その髪はどうしたんです?」「うはははは。わらわは神の妻になったのじゃ」
「俺は……誰だ?」
俺の目の前には三人の女性が、いや、違うな。一人の美しい女性と、美少女。そして幼女がいる。一人は金髪に青い瞳。もう一人は銀の髪に翡翠の瞳。幼児の方は黒い髪に漆黒の瞳か。この三人は誰だっけ……。何でこんなに必死になってんだ。
まぁ、女性に触れられるのは悪い気はしない。
それならこのままでいいか。ん、このベッドで干からびてるのは誰、あ゛っ。 あぁぁぁぁぁぁぁ。くそっ。思い出そうとすると頭が痛い。何でだ。それに、この死体を見ると切なくなる。どうして、何でだ。もしかして、この女性は俺にとって大切な人だったのか……。でも、何で死んでるんだ。なら、どうして死んだ。
思い出せ。三人は俺をタケと呼んでる。という事は、俺はタケだ。
タケの記憶を探れ。虚無の空間に忘れてきたその記憶を。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「タケさん!」「タケ様!」「ふむ……まだ記憶が安定していないのじゃな」
「俺は……タケ。タケなのか……」
「そうです。あなたは私たちの夫。タケさんです」
「タケ様、私をお忘れですか? サラフィナです」
「うーん、皆でキスでもすれば思い出すかもしれんのじゃ」
「「キス?」」
「そうなのじゃ。恐らく旦那様の意識は飛んでるのじゃ。視覚、聴覚、味覚から記憶を拾わせるのが一番なのじゃ」
俺の目の前で、女たちは何か話してる。大人の女性が取り乱して、幼女の方がしっかりしてる感じを受ける。なんでだ……。
次の瞬間、俺の口に柔らかい感触が走った。はぁ、甘い。甘い味がする。それに、とても良い匂いだ。抱き寄せられると、とても温かい。
ぐふふっ。気持ちがいい。
あれ、これと似た感覚を知ってる気がする。
うむっ、まただ。さっきの味とはちょっと違うが嫌いじゃない。唇から伝わる熱が心地良い。それにこれも良い匂いがする。でも、温かいけど骨が痛いな。
あれ、この感覚……最近味わったばかりのような気がするぞ。
むっ、なんだこの感覚は……一番甘い。でも、この味はお菓子の様な味だな。臭いはないな。なんだ……。誰かが俺を触ってる。これもどこかで経験した気がするような……。どこでだ?
俺の意識は広い真っ白な空間を漂う。おっと、【記録室】もしかしてここか?
【記録室】と書いてある部屋に滑り込むと、いくつものモニターがあった。
俺の出産から成長までの記録がここには収められていた。
へぇ。俺の両親は俺を大事に育ててくれてたんだな。
結構真面目に生きてるじゃん。柔道かぁ、悪くないな。六年で地方大会出場しかしてないが、こんなものか……。
おっと、社会人になった。ふふっ、順風満帆とはこの事だな。このまま行けば出世コースじゃん。はぁ? 何でだ。どうしてこうなった。なぜ俺が首に?
会社の先輩は……そうか。嫉妬されてたのか。ははっ、心の狭いヤツらめ。
本当に人間はどうしようもないな。
それにしても、俺はこんな事で五年も引きこもったのか……。
何をしてんだ……俺。
へぇ。やっと自分のやりたいことを見つけたのか。WooTober。また変な事を始めたものだな。ははっ。全然人気がないじゃん。ウケるッ。
おいおい、そんなダサい格好じゃダメだろ。もっとビジュアルを大事にしろよ!
あぁ、奇抜な事をすれば良いってもんでもないだろうに。何やってんのコイツ。
えっ、何、今の……瞬間移動なんて使えんの?
と思ったら、違った。何だ、異世界へ転移させられたのか。マヌケなヤツめ。
ふぅーん、良い仲間に恵まれたんだ。良かったじゃん。
そう思ったら、何だ、呆気なく仲間が死んでるし。ダメダメだな。おまえ。
ははっ。コイツの人生、後悔しかないのかよ。ダサすぎだろ。常考。
コイツ、面白すぎ。婆に教えを乞うてるし。しかも、異世界にまで来てアルバイトかよ。正社員はどうした。臨時雇用なんて先が見えてるだろうに。
へぇ、兄弟分の仇討ちか。少しは男らしくなったじゃん。でも、落ち着く先がまたアルバイトか。だっせぇな。
しかも、ちょっと努力しただけで結局、他力本願かよ。情けねぇ。
俺は次々に再生される記憶を、まるで人ごとの様に見ていく。
そして、今の現状に至った訳を知った。
「そういう事だったのか。全く、納得がいかねぇ。こんなのは俺の人生じゃねぇ。何を考えてたんだ。何で、こんなにバカなんだよ。俺ならもっとうまく生きる。ははっ、それでか。それでこのザマか。くだらない。実にくだらない。なぁ、あんた達も災難だったな。そうは思わねぇか?」
「た、タケさん?」
「どうしたんですか?」
「記憶の齟齬なのじゃ」
「あぁ、聞き方が悪かったな。俺についてきたから今の様な事になってんだろ。だから災難だったなって言ったんだ。違ったか?」
「災難だなんて……タケさんがいるから、タケさんがいたから今の私はいるんです」
「そうです。タケ様がいたから、私たちはここまで来られたんですよ」
「わらわは……男を見る目は確かなのじゃ」
何だというのか。あんな男のせいでこんな目に遭ってるのに。この娘たちは。そんなにこの男が大切なのか。どこがいいんだか。理解に苦しむね。
『返せ。俺の体を返せ』
ははっ、負け犬のタケか。俺の思考に勝手に入って来んな。それに何を言ってるんだ。これは俺の体だ。おまえの役目は終わったろ?
『それは、俺の体だ。おまえのじゃない』
だいたいおまえは雑魚いんだよ。ヘタレなんだよ。ほら映像の中でも言われてたじゃん。キモいんだよ。
『それでも、それは俺だ。おまえのモノじゃない』
はぁ、聞きわけがないね。おまえは負けた。自分でもそう認めてたじゃん。
『違う。俺は、やり直すために生まれ変わったんだ。おまえの好きにはさせない』
へぇ、ここからおまえは巻き返せるってそう思ってるのか? ははっ。笑わせてくれるね。
『それでも、俺は麗華さん、サラフィナ、アロマ、ブラッスリー、皆を救う』
死んだ者は生き返らない。そう学んだ筈じゃないか。もう忘れたのかい?
『ふん、おまえには教えない。これは俺が決めた俺の戦いだ』
へぇ。ならやってみると良いよ。でも、ダメだったら。次はないからね。
『…………』
次こそこの体は俺のモノになる。それまで頑張る事だ。
「タケさん」「タケ様」「正気に戻ったのじゃ」
俺の瞳に生気が戻る。ははっ。アイツの自由になんてさせない。俺の人生だ。
全く、また心配を掛けちまたな。でも、それももう終わりだ。
あれっ、そういえば俺の髪って天然パーマだったよな? 視界に入り込んだ髪の色が金色に変わってるぞ。しかも、肩までのストレート。マジ?
もしかして、ビジュアルが大分変わってる?
おっと、それよりも、奥さん達に何て言ったらいいかな。やっぱ、ここは格好良く『お待たせ』これかな……もっと良いのはないか。おっ、これだな。
「イェェェイ、タケ生まれ変わりました!」
お読みくださり、ありがとうございます。