第164話、タケ、絶叫する。
「っつ!」
「まさか……」
「そのまさかなのじゃ。もう死んでおるのじゃ」
門に近づいた俺たちの視界に入ったのは、夥しい数の死体。死体。死体。死体。
門に中には、どこを向いても干からびた死体しかなかった。
「アロマッ!」
俺は一足先に侯爵家の近くへ転移する。無我夢中で駆けて、門に着いて……立ち止まった。足が震えた。膝がガクガクなっている。これ以上、進みたくない。
そう思える光景が侯爵家の門にはあった。いつも俺の帰りを礼儀正しく迎えてくれた守衛の死体。死体。死体。
その姿は、王都の門で見た光景と全く同じ。まるでミイラでも見ている様だ。
死後。数十年。いや、数百年経過していると言われても信じてしまう。そんな目を反らしたくなる様な光景がそこにあった。
ここで歩みを止めれば、アロマの姿を見なくて済む。こんな、こんなアロマの姿は見たくねぇ。俺の怯えが、恐怖心が、足の動きを完全に停止させた。
守衛の目は、恐怖の色で染まってた。自分が、仲間が干からびていくのをただ眺めてたのだろうか。どの守衛の顔も同じだった。
「ははッ。何だよコレ。何だっていうんだよ……」
必死に黒い結界に挑んだ。全身全霊をかけてマナを絞り出した。
「その結果がコレかよ!」
屋敷に目を向ける。屋敷はしんと静まりかえっていた。ここまで走ってくる中で生きてた人は誰もいない。それは侯爵家にも当てはまるのは予想に違わない。
確認するのが怖かった。前に進むのが恐ろしかった。
立ち尽くす俺に、皆が追いついた。
「はっ……タケさん」「タケ様……」「皆、ミイラなのじゃ」
皆の声が頭を素通りする。完全に思考停止していた。何が悪かった。何がいけなかった。どうすれば良かった。どう動けば……助けられた。
脳内ではそんな考えがかけ巡る。アルフヘイムで時間を食ったからか。それとも、獣人の国でダンジョンなんかに落ちたからか。
答えなんて出ない。どれが正解かなんて分からない。ただ、失敗したのだ。
堕天使の復活。その可能性は知らされていた。でも、祭壇にマナを注入すればいいと漠然と思ってた。相手の力を見誤ってた訳じゃない。女神と同等の力だと知ってた。なのに。だというのに……どうして俺はアロマをここに残した。
「……アロマ」
「タケさん、まだ決まった訳じゃありません」「そうです、タケ様。アロマさんの所に行きましょう」「うーん、無駄だと思うのじゃ」
ブラッスリーだけは諦めてる。でも、麗華さんとサラフィナに背中を押されて、一歩、また一歩、足を踏み出した。侯爵邸は人の状態と違ってキレイだった。よく磨かれた窓。よく手入れされた庭。落ち葉すら落ちてない道。これだけ見れば、いつもと同じだった。
ブラッスリーが先頭に立ち、玄関を開けた。幸いな事に、廊下には誰もいない。
「「「フッ……」」」
息を吐く。ここにいないということは、談話室か、それとも自室か。少しは足が軽くなった気がする。ゆっくり、一歩ずつ前に進んだ。食堂の前を通る時に、中をのぞいてみる。
「「「……うっ」」」「やっぱりなのじゃ」
年長のメイド長が倒れていた。姿は……言いたくない。
きっと調理室でも同じ光景だろう。ここでコレならこの先も同じだろう。
また足が震えだした。奥さん達の足も同じだ。震えていないのはブラッスリーだけか……。竜族にとって力のある者は生きる。そして、力なき者は滅びる。
そんな価値観だから、俺たちの気持ちは分からないのだろう。
「ほれ、さっさと進むのじゃ」
無駄だよ。俺の気配察知には人の気配は感じられない。もっとも、魔法の使えない人の反応は分かり難い。だからこそ気づけない事もある。でも、この静けさが全てじゃないのか。誰かが生きていれば……物音くらいはする筈。
腰が引けてる様子の俺の背中を、そっと誰かが押す。
「さぁ、アロマさんの所へ行きましょ」「そうですよ。タケ様。遅かったですわね。って叱られますよ」
「あ、あぁ。そうだな……」
まだ正式に披露宴はしてない。でも、間違いなくアロマは俺の奥さんだ。
俺たちはゆっくりと歩き出した。一階から順番だとアリシアの部屋が先だ。でも、俺たちは二階のアロマの部屋へ向かった。階段を上り、二階の廊下に出た。
やはりしんと静まりかえってた。どんどん足が重たくなってくる。俺たちの顔も部屋に近づくにつれ険しくなる。俺の部屋を過ぎて、アロマの部屋までもう少し。という所で、サラフィナの部屋のドアがゆっくりと開いた。
「うぅ……」
「母さん!」「「エリフィーナさん!」」「ふむ、やはりなのじゃ」
ブラッスリーが何か言ってるが、すっかり衰弱しきってるエリフィーナに回復魔法を掛けるのが先だ。俺はエリフィーナに手を翳し、詠唱する。しかし、俺の体がほんのり発光しただけで魔法は発動しなかった。
「「フェイルス!」」
俺の様子を見て、麗華さんとサラフィナは同時に魔法を掛ける。
エリフィーナの体内に青い光が入ると、まるで喉の渇きを潤すようにスッと浸透していった。顔色が紫からピンクに変わる。
「「「はぁー」」」
俺たち三人は深く息を吐き出した。生存者がいた。ということは、まだ諦めるのは早いって事だ。三人でエリフィーナをベッドに寝かすと、再びアロマの部屋へ向かった。大丈夫。御年千年の婆が生きてんだ。アロマが死んでる訳がない。
小走りでアロマの部屋に向かう。部屋の前は静かだ。でも、大丈夫。きっとエリフィーナのように生きてる。少しの期待を込めて、ドアを開いた。
でも、そこには誰もいなかった。どこに行ってる?
二階で生活しているのは、俺たちとアロマ、エリフィーナだけだ。まさか、談話室か……。そう思い、三階へ駆け上がった。談話室のドアを開くと、そこには、ハドロ王子、フリーシア姫、侯爵がテーブルに座った状態で息絶えていた。
恐る恐る中へ入ると、ドアの脇に控えるように執事のレオナルドが倒れていた。
状況からして、行動する間もなく息を引き取ったようだった。
「うわっ、うわぁぁぁぁぁぁ」
俺は部屋を飛び出した。後はどこだ、浴室か、手洗いか、どこにいる。アロマ。
使われていない客間、侯爵の寝室を見て回る。侯爵の部屋に侯爵婦人が死んでいた。客間には、王妃の死体とまだ小さい姫たちの死体が……。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
自分でも何を叫んでいるのか分からない。ただ、ただ声を張り上げた。三階は全て見た。生存者はゼロ。二階に下りる。片っ端から部屋のドアを開ける。
そして、さっきエリフィーナを発見した部屋の前に立った。
ここは俺の部屋だ。ドアを開いて中をのぞき見ると、そこにアロマはいた。
俺のベッドで眠ったように……死んでいた。
お読みくださり、ありがとうございます。
気持ちがタケに引っ張られすぎたんで、今日はここまでにします。