第163話、タケ、夢を見る。
後方から放たれた光の奔流と、俺の聖光魔法が混ざり合う。
すると、これまでビクともしなかった黒い結界は、ガラスの割れる音とともに消失した。なんだよ……宗っちいたのか……。何となく、そう思った。
「タケさん、タケさんッ」「タケ様、タケ様」「旦那様、起きるのじゃ?」
どれくらいそこに倒れていただろうか。一分、もしかしたらもっとか。
僕は夢を見ていた。
僕がこの世界から日本に戻ると、親戚も、家族も全て消え去っていた。
そんな意味のない夢だ。
二人きりになった僕は、あの世界で集めた金貨を日本で換金しようとした。だが、文明の発達していない世界の金貨は純度が低かった。二束三文にしかならず、途方に暮れた。もしかしたら金券ショップの店主にごまかされたのかもしれない。大人はずる賢い。子供だと舐められる。でも、子供の姿にまで若返っていた僕は、異議を唱えなかった。
ヘタに騒がれて、金貨の出所を聞かれたら困るから。
住居を探すにも、あてはない。身寄りのない子供だ。誰も力など貸してはくれなかった。僕たちは都内の廃屋に侵入して雨露をしのいだ。すぐに金も底をついた。次第に食べる物にも困るようになった。
仕方なく、路上パフォーマンスで金を稼いだ。何てことはない。ただの生活魔法を見せただけだ。手から炎を出すだけの簡単な魔法。
世知辛い世の中、二人分のパンを買うのでやっとだった。
そんな時に僕は出会った。あの外国人に。
彼は、僕の魔法を気に入ってくれた。僕の魔法を評価して、融資話を持ちかけてきた。藁にもすがる思いで、その話にのった。
その日から、僕たちの寝床は廃屋からマンションに代わった。
インターネットをする余裕もできた。そして僕は知ったんだ。あの世界から戻ってから、大きな魔法は使えなくなった理由について……。驚愕した、歓喜した。
かつてのように魔法を使いたい。万能だったあの頃に戻りたい。その思いが次第に深くなっていく。そしてある研究所に目を付けた。
その研究所は、宇宙から降り注ぐエネルギーを研究していた。
マナを集めるにはそれが必要だ。外国人からの融資でその研究所を自分のモノにしようと考えた。だが、そこの所長は、恩人は裏切れないと語った。何度も通って頼み込んだ。だけど、結果は同じ。僕の中で次第にドス黒い感情が生まれだした。障害を取り除けばいいんだ。どんな手を使ってでも……。
イブの日に、ありったけのマナを使って障害を排除した。散々、人を殺してきた僕だ。同じ日本人であっても罪悪感はなかった。拒んだアイツらが悪いんだ。
そして再び魔法を手に入れた。神にも匹敵する魔法を……。僕の復活を、向こうから連れてきた子も喜んでくれた。二人だけの暮らしは楽しかった。
彼女と二人で向こうの世界にはなかったインターネット、ゲームをよくした。
でも、融資されるということは、見返りをする必要がある。僕は融資をしてくれた外国人の願いを受け入れることにした。あの世界を売ったのだ。
あの世界では嫌な思い出が多かった。都合良く使われて捨てられた。何のための戦いだったのか。彼女を見るたびに悔恨の情に苛まれた。だから売った。
そんな世界でも、別に滅んでほしいわけじゃない。向こうに恩人がいなかった訳じゃないから。ある時、懐かしい人、光景が映っている動画を見た。
そして、懐かしさから僕は再びあの世界へ降り立った。
ん、なんだ……。これは誰の夢なんだ。
確か俺は全身のマナを使って黒い結界と戦っていたはず。
脱力感でいっぱいの体はまだ動かない。まるで金縛りにでもあったみたいだ。
何も聞こえない。何も見えない。どうなっちまった。これは……。早く皆の所に戻らないといけないのに。体がいうことを聞かない。
あの結界はどうなった。うん? 意識の途切れる前に、誰かが手助けしてくれたんだっけ。そんなマネをするのは宗っちしかいないはず。
そか。宗っちがいるなら、何とかなるか。あれ、でも、いつ宗っちは髪を染めたんだ。さっきのは黒髪だったような。まぁ、脱色してたのが落ちたのかな。この世界じゃせっかくのお洒落も台無しだな。ははは。
「タケさん」「タケ様」「おい、起きるのじゃ」
はははッ。やっと奥さん達の声が耳に届いた。早いとこ起きねぇとな。
脳裏に引っかかりを覚えながら、昏睡状態から覚醒する。
目をあけると慌てた様子の麗華さんとサラフィナが見える。ブラッスリーは呆れ顔かよ。全くどれだけ俺に期待してんだか。
「あっ、起きたのじゃ」「タケさん、聞こえますか」「タケ様、私が誰か分かりますか」
あぁ、分かるさ。俺のかわいい奥さんだろ。ブラッスリー、別に俺は寝てた訳じゃないからな。気絶してただけだ!
「あぁ。心配かけたね。皆」
「はぁ。良かった……タケさん、本当に無理ばかりして」
「本当です。少しはご自愛ください」
「ははは。言われてるのじゃ。それより早く中へ入るのじゃ」
本当に人使いが激しいな。ブラッスリーは。竜のスタミナと一緒にされても困るんだけどな。よし、体は動きそうだ。起きるか。
上半身を起こして王都を見る。さっきまであった黒い結界は消し飛んでいた。
ははッ。やるじゃねぇか。宗っち。
「あれっ? 宗っちは?」
おいおい、何で皆して首傾げてんだよ。結界をうち破った功労者だろうに。
俺一人の魔法では多分、破壊できなかった。宗っちが協力してくれたから壊せたんだぜ。それじゃいくら宗っちでもかわいそうじゃね?
「えっと、宗っちさんはいませんけど……」
「アイツはまだこの中なのじゃ」
「タケ様、頭でも打たれましたか?」
いや、倒れた時に打ったかもしれないけど、大丈夫な筈。宗っちじゃないっていうなら誰だよ。あんな魔法を使えるヤツは迷い人以外にいねぇぞ。
「いや、どこも打ってないよ。それよりも、俺一人で結界を破壊したんじゃないよね? 宗っちじゃないっていうなら誰が……」
「さぁ、遠くからだったので……分かりませんでした」
「そんな事よりも早くアロマさんを……タケ様」
「あの者なら魔法を使用してすぐ消えたのじゃ」
あの者?
ブラッスリーは見たのか?
「タケさん、あれッ……」
ブラッスリーにあの者について聞こうとした直後、麗華さんの悲鳴があがる。
麗華さんが指し示したのは正門。その中では、大勢の人が倒れていた。
視界に入るだけで数百、いや、数千か。王都から逃げだそうとしたのだろう。折り重なるように、門の内側で倒れてる。結界の中で何が起きていたのかは分からない。だが、まるで血でも吸われた様に――干からびていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
連日の誤字脱字報告ありがとうございます。
昨晩も第一話から数話読み返して、余計な文字とか見つけました。
あとは、その場面で使用するのが正しくない言葉もですね。
本当に日本語は難しいですね。